泳げなかった少年が、SUP日本一になるまで。 『OKUDA STYLE SURFING』原田俊広さん


鎌倉・材木座にある『OKUDA STYLE SURFING』は、日本におけるSUP(スタンドアップパドル)発展の起源ともいえるショップ。

そのショップの店長をつとめる原田俊広さんは、全日本SUP選手権WAVE部門で3度の優勝経験を持つ日本屈指の実力者。

かつてプロサーファーを目指したほどの高度なテクニックを武器に、「次に狙うはワールドチャンピオン」と闘志を燃やしています。

幼い頃は泳げなかった少年がサーファーとなり、SUPの日本一に君臨するまでの秘話を語ってくれました。

海辺育ち。でも、サーフィンデビューはやや遅め

 出典  Funmee!!編集部


―― 海の近くで育った原田さんは、マリンスポーツとの出会いも早かったのでしょうか。

 

小さい頃から逗子や鎌倉の海が遊び場で、貝を拾ったりイソギンチャクに指を突っ込んだりとかして遊んでいたんですけど、実はずっと泳げなくて……。物心がつき始めた頃、親父に沖まで連れていかれて、置き去りにされた経験がトラウマになってしまったんです。


親父はかなりワイルドな人で、幼い僕が溺れかけて泣きわめいても「一人で帰ってこい!」と言って一切助けてくれなくて(笑)。何度かそういうことがあって、それ以来、足のつかない場所に行くのが怖くなってしまったんですけど、中学の終わりにサーフィンを始めたおかげで「もっといい波に乗りたい」という気持ちが強くなって、自然と沖まで出られるようになりました。

 


―― サーフィンを始めたきっかけは何だったのでしょうか。


同級生の家に古いサーフボードが転がっていて、なんとなく「やってみるか」となって材木座の海に通い始めたのが始まりです。誰に教えてもらうわけでもなかったけどすぐ立てるようになって、友だちと2人で「俺のほうが上手い!」なんて言い合いながら練習していました。スケボーとか釣りとか、そういう遊びの延長みたいな感じでしたね。

 


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―― サーフィンと出会ってからは、海一色の生活ですか?

 

もともとサッカーをやっていて、サッカーにも夢中だったので高校時代は部活と両立していました。そんなある日、部活を終えて急いで帰ってきて、海に入ったら一人だけロングボーダーがいて。それが『OKUDA STYLE SURFING』の奥田哲社長だったんです。地元では有名な人だったけど僕は会ったことがなくて、でも直観的に「この人だ」と思って挨拶したのが最初の出会いでした。


その後、僕はサッカーの試合中に鎖骨を骨折してしまい、半年くらい部活を休んでいる間にレギュラーを逃してしまって。それで徐々にサーフィンへと傾いていって、奥田社長のすすめで大会にも出るようになりました。



呼び名すら存在しなかった新スポーツ、SUPとの出会い

 出典  Funmee!!編集部

―― その後、プロサーファーを目指すことになるわけですね。


20歳を過ぎた頃から4~5年間は、『OKUDA STYLE SURFING』で働きながらプロサーファーを目指してツアーを回っていました。


でも、僕にサーフィンの刺激と情熱を与えてくれていた友人であり、日本屈指のビッグウェーバーとして活躍していた佐久間洋之介が海の事故で突然亡くなってしまい、さらにスパルタだった親父も他界して、ショックで半年くらい海から遠ざかってしまって……。


だけどやっぱりサーフィンが好きだったから、今後はプロという枠にこだわらず、サーフショップで波乗りの楽しさを伝えながら自分も生涯サーフィンを続けていこうと思うようになりました。



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―― 悲しい出来事がスタイルを変えるきっかけだったんですね……。SUPを始めたのはいつ頃からですか?

 

うちの社長が2003年くらいからスタンドアップ専用パドルの開発を始めていたので、その頃から僕も遊びやサーフィンのトレーニングの一環としてちょこちょこやっていました。


当時はまだ“SUP”という呼び名すらない時代で、日本はもちろんハワイでもスタンドアップ専用のパドルはほとんど販売されていませんでした。


自社製のパドルを持ってハワイに行くと、地元の人たちから「それどこで買ったんだ?貸してくれ!」と言われることも多かったです。その後、奥田が開発したパドルとボードを“パドボ”と名付けて『OKUDA STYLE SURFING』で販売したことから、日本でSUPというスポーツが発展していったんです。



日本でも、世界でも。戦うからにはトップを狙う

 出典  Funmee!!編集部


―― 原田さんがSUPのコンペティター(競技者)として目覚めたきっかけを教えてください。

 

それまでスタンドアップの試合にはほとんど出たことがなかったんですけど、2013年に行われた第2回全日本SUP選手権のWAVE部門にたまたま出場することになって、2ヶ月前にあわてて練習を始めて(笑)。


結果的に優勝できて、翌年の世界選手権にも行けることに。それが運命の変わり目になりましたね。はじめて出た世界戦の結果は16位だったんですけど、「もうちょっと上に行けたはずだ」と悔しくて、「やってやる!」というスイッチが入りました。


SUPはまだ新しいスポーツだから出場選手も年下が圧倒的に多くて、「自分より後からサーフィンを始めた相手に負けるわけがない」って思ったんですよね。今、38歳でいい歳になってきましたけど、出るからにはワールドチャンピオンを狙いたいです。



 

 出典  Funmee!!編集部


―― 今後、サーフィンとSUPのどちらに力を入れていく予定ですか?

 

サーフィンもスタンドアップも、両方1位になれたらカッコいい。だからあえて境界線を引かず、どちらにも力を入れていきたいですね。


それに、「何でも上手になれたほうがおもしろい」というのは奥田が僕に見せてくれた海との向き合い方だし、鎌倉にもそういう文化が根付いているので、僕もそれを次世代に伝えていきたい。


実際、海にショートボードとロングボード、“パドボ”も全部持って行って、途中で道具を変えながら楽しむこともあります。自然は人間の都合に合わせてくれないから、その時の海のコンディションに合わせてベストな楽しみ方ができる自分でありたいですね。



日本チャンプ流「鎌倉SUPライフ」とは―― 『OKUDA STYLE SURFING』原田俊広さん


■プロフィール

原田俊広さん

神奈川県逗子市出身。鎌倉・材木座にある『OKUDA STYLE SURFING』の店長をつとめながら、ショートボードやSUPサーフィンのコンペティターとして活躍している。

主な戦績【ショートボード】全日本サーフィン選手権大会(2009年メンクラス5位、2010年メンクラス6位、2013年シニアクラス5位、2016年シニアクラス3位)、INAMURA CLASSIC INVITATIONAL 2013出場、【SUP】全日本SUP選手権大会WAVE(2013年優勝、2015年優勝、2016年優勝)、SUP世界選手権大会(2014年ニカラグア16位、2016年フィジー19位)

http://www.padobo.com

 

 


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企画・編集協力:枻(エイ)出版社

文:古田朱美 (Akemi Furuta)

写真:上樂博之 (Hiroyuki Joraku)、ライディング写真/高山 司 (Tsukasa Takayama)、紅林敏明(Toshiaki Kurebayashi)



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Funmee!!編集部

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