ツリーハウスクリエーター・小林崇さんに聞く “ツリーハウス”が今の私たちに必要な理由とその魅力。


日本を代表するツリーハウスクリエーターとして、全国各地にツリーハウスを作り、アメリカのワールドツリーハウスカンファレンスでもクラスを持つ小林崇さん。

小林さんは、世界を旅しながら、ツリーハウスを作り続けています。
その理由とツリーハウスの魅力を伺いました。 

「木の上にあるこの建物は何だろう?」 なぜか強く惹かれたツリーハウス


——公園や学校、有名ホテルなど、全国のさまざまな場所で小林さんの作ったツリーハウスを見る機会も多くなりました。今までにどのくらいツリーハウスを作ってきたのですか?



150以上かな。

もう20年近くツリーハウスを作っています。


 出典  Funmee!!編集部


——始めた当初は、ツリーハウスという名前すら、日本ではほぼ知られていなかったですよね?


そうですね。僕も実際にその名を知ったのは、海外へ行った時だったのですが、帰国後にいろんな人に話をしても、あまり理解されていなかった印象があります。



——そもそも、ツリーハウスに出会ったきっかけは何だったんですか?


24・5年前、当時僕は代々木公園などでフリーマーケットをよくやっていて、その帰りに行くお気に入りの古着屋があったんです。そこは、女性が一人でやっている店で、ヨーロッパの雑貨やドレスなどを扱う、当時は珍しい店でした。彼女は、もともと住居だった場所を改装した小さな店を経営しながら、夜はその店にある押入れで、子供と一緒に寝ていたんです。


 出典  Funmee!!編集部


——店で暮らしていたんですか?


はい。僕は幼い頃から、みんなが同じ方向を向くことが良しとされる社会が楽しく見えなくて、あんまり好きじゃなかった。そんなこともあってか、みんなとは少し違う彼女の生活がとても素敵に感じた。僕が当時フリマばっかりやっていたのも、目の前の社会と適当に距離を置ける空気感が好きだったからだと思うんです。そんな僕にとって、あの場所はなんだか心地よかった。そこで偶然見つけたホーローの看板が、とても心に響いたんですよね。


偶然出会った看板に描かれていた、夢の世界。


——そこにツリーハウスが描かれていたと!?


当時はそれがツリーハウスかどうかも知りませんでした。背景がブルーの海と空で、そこには崖があり、松の木が生えている。そして松の木の上に何か小屋のようなものが建っている絵でした。「危なそうな崖の上に、何でわざわざ不安定な家が建っているんだろう?」と思うと同時に、やりたいことも見つからなく、でも今の社会は苦手だという当時の自分のモヤモヤした気持ちに、何だか妙にしっくりきたんです。不安定さが似ているというか……。


 出典  Funmee!!編集部


——なるほど。


それで、店に行くたびにその絵の話をしていたら、オーナーが「これ、あんたにあげるわ」と言ってくれたんです。しかも「フラフラしてるなら、隣が空いてるから古着屋でもやれば?」とも言われて。



——へえ。じゃあツリーハウスを作る前は古着屋をやっていたんですか?


もともとフリマをやっていたし、知り合いの古着屋に頼まれて、アメリカの買い付けも手伝っていたんですよね。だからそこで持ち帰ったものを売ったりして、5年程度だけど「トゥルーカラーズ」という古着屋をやっていました。その時の名刺や紙袋には、頂いた看板のイラストを使っていました。



——「トゥルーカラーズ」といえば、当時はよく雑誌にも載っていましたよね?


そうなんです。雑誌の「アサヤン」とか「オリーブ」などが全盛の時代で、古着ブームの少し前でしたね。オリーブで活躍するスタイリストの大森仔佑子さんなんかは特に気に入ってくれて、良くリースに来てくれました。僕はヴィンテージマニアでもないし、ただただかわいいと思えるものが好きだった。その世界観は、当時は珍しかったみたいです。でも、雑誌などに多く掲載されるうちに、「あれ? こういうのになりたかった訳じゃないよな」と感じて、またあの絵のことを思い出してしまった。その時にふと店の窓を見ると、目の前に大きな木が生えていたんですよね。



——おおお!!


もちろんアメリカでの買い付けは楽しかったし、そのストーリーとともに“素敵”を売るのは楽しかった。でも、どうも商売っぽいのは苦手で……。だから、自分の居場所を改めて作ろうと思い、その木にツリーハウスを作って、「エスケープ」というバーを始めました。



 出典  Funmee!!編集部

人生を変えた、ツリーハウスの師匠ピーター・ネルソンとの出会い


——独学でツリーハウスを作ったのですか?


その時にもまだツリーハウスという言葉すら知らなかったので、その絵をもとに自分なりの解釈で作りました。



——すごいですね! では、どのきっかけでツリーハウスという言葉を知ったんですか?


バーをオープンする時には、実はまだ古着屋も残っていたので、一度買い付けでボストンに行ったんです。よく行くブック&カフェに立ち寄った時に、今月のレコメンドとして、ピーター・ネルソンという人物の写真集が飾ってあったんです。



——ピーター・ネルソンといえば、ツリーハウスの第一人者ですよね?


そうです。その写真集を見た時に、「あれ? 僕が作ったのと一緒じゃん!」と驚き、詳しく読んでみたら、様々な人のツリーハウスの写真とともにストーリーが書かれていて。その内容は僕が日々感じていることによく似ていたんです。子供が大人になる少し前、社会に対して「ん?」と思うことってあるじゃないですか。そんな複雑で繊細な時期に心の拠り所となるツリーハウス。「ああ、そういえば、トム・ソーヤにも、南の島のフローネにも出てきていたじゃん」と、その時にいろんなことがつながりました。



 出典  Funmee!!編集部


——その後はピーター・ネルソンとも親交を深め、毎年オレゴンにも足を運んでいるとか。


はい。その本を見て彼にどうしても会いたくなったタイミングで、とある雑誌で彼の来日情報を知り、編集部に電話して「ぜひ会いたい!」と伝えたのがきっかけです。ずっと断られていましたが、何度も電話して、最終的には通訳のような形で現場に立ち会うことができました。彼は初来日だったからわからないことも多いし、いろんな話をするうちにとても仲良くなった。それで原宿にある僕のバーにも来てくれてツリーハウスを見てくれたんです。



——彼の感想はどうでしたか?


「こんなNYのイーストヴィレッジみたいな場所にツリーハウスがあるの? お前が作ったの?」と、とても気に入ってくれました。そして「今年の11月にオレゴン州で世界的なツリーハウスのイベントがあるから、日本代表として来い」と誘ってくれたんです。当時はその店以外で、全くツリーハウスを作ったこともなかったので躊躇しましたが、せっかくならと行くことにしました。それからは20数年、毎年行っているし、今では自分のクラスも持っています。



——それはどんなイベントなんですか?


「ワールドツリーハウスカンファレンス」と言うのですが、世界中からツリーハウス好きが集まって、クライミングの技術を学んだり、各地の工法を教え合ったりします。今、世界ではツリーハウスはブームになっているので、法律家やとあるシューズブランドの総帥など、いろんな職種の人が集まってきます。オーストラリアやフランス、ドイツ、コスタリカなど、訪れる人の国もさまざま。皆で60mの木に登ったりもするんですよ。



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■プロフィール

ツリーハウスクリエーター

小林崇さん


日本のツリーハウス第一人者。スタイルとデザイン、感性をコンセプトにした彼のツリーハウスは世界中から賞賛を受ける。毎年アメリカ・オレゴン州で開催されるツリーハウスの国際イベント「WTC(World Treehouse Conference)」に日本から唯一参加。初期メンバーとして、自身のクラスも持つ。2000年にはジャパン・ツリーハウス・ネットワークを立ち上げ、2005年には株式会社ツリーハウス・クリエーションを設立。現在までに150以上ものツリーハウスを作る。http://www.treehouse.jp/


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企画・編集協力:枻(エイ)出版社

文:菅 明美(Akemi Kan)

写真:ふかみちえ(Chie Fukami)