一人じゃ何もできない、だから楽しい―― 『三浦パン屋 充麦』店主・蔭山充洋さんの“つながる”パンづくり【前編】


DJからパン職人になった異色の経歴を持つ『三浦パン屋 充麦』の店主・蔭山充洋さん。
自ら作った小麦を使用した風味豊かなパンは、地域の人々はもちろん、遠方に住む人までをも虜にしています。
蔭山さんがパン作りをしようと思った理由、そして独立までの過程を伺いました。

DJにパン屋、ヨーロッパ放浪―― そして出逢ったフランスのパンが、人生を変えた

 Funmee!!編集部


――蔭山さんは元々、地元の横須賀でDJをされていたんですよね?


はい、18歳からやっていました。ずっと夜の仕事をしていたので、そのうち、何か昼間の仕事をしたいなと思い始めて。ちょうどその頃、自宅の近くにあったパン屋が人を募集していて、そこで働くようになりました。



――なぜ、パンだったのですか?


ものをつくることが好きだったからですね。あと、パンは小麦から作ったら何か月もかかるのに、食べたらあっという間になくなる。そこに魅力を感じました。たとえば花火も、職人さんたちは一生懸命に作るけど、打ち上げたら一瞬でバーンってなくなってしまいますよね。そういうものがなぜか昔から好きで。



――では独立を目指して、パン屋さんで修行したのですか?


実は、パン屋で働き始めたときは、独立が目標ではなかったんです。世の中にパン屋は山ほどあるし、とくに僕がやる必要はないかなって。で、30歳を転機に別のことをしようと思って店を辞め、1か月くらいヨーロッパをフラフラしました。



――とくに目的もなく?


『地球の歩き方』を持ってただブラブラするだけ(笑)。で、ある日、フランスのアヴィニョンっていう町でたまたま日本人のおじちゃんと出会って。僕がパン屋で働いていたことを話したら、「知り合いのパン屋があるから、一緒に行こう」って誘ってくれて。そのお店で焼きたてのバゲットを食べたのですが、とにかく美味しかった。

そこで、お店の旦那さんから「このバゲットは、隣の農家さんが作った小麦を使っているよ」って言われたんです。それまで僕は、大企業が製粉した小麦粉しか使ったことがなかったので、彼が“横のつながり”で小麦を仕入れていること驚きましたね。

それから日本に帰って、当時の彼女、今の妻のお義父さんに、「麦を作りたいから、余っている畑を貸してほしい」とお願いしました。



 Funmee!!編集部


――ものすごく、行動が早いですね!


でも、当時の三浦市では誰も小麦を誰も作っていなかった。じゃあ県に相談しようってことで、ちょうど試験的に交配して作ったパン用の「ニシノカオリ」という小麦を譲り受け、県の人や市の人と一緒に種まきから始めました。

近所のおじいちゃん、おばあちゃんが「麦踏みはこうやってやるんだよ」って教えてくれたりして、とても有意義な時間でした。

1年目に収穫した小麦はカビで全部台無しにしてしまいましたが、2年目には貯蔵庫も作って、きちんと保管できる体制も整えて。そこで初めて「お店を出そうかな」と思ったんです。



『充麦』で販売するのは 「僕たち」にしか作れないパン

 Funmee!!編集部


――先ほど「世の中にパン屋さんは山ほどある」というお話がありましたが、小麦から作るパン屋さんは珍しいのでは?


そうです! ここのパンは僕が……じゃなくて、“僕たち”が小麦から作った、僕たちにしかできないパン。そうでなければやる意味はなかった。結局、音楽もパンも、人というフィルターを通すことで個性が出ますよね。僕にとって、何をやるかはコンテンツの違い、手段の違いでしかなくて、そこに表れる本質は一緒なんじゃないかと思っています。



――今、僕を“僕たち”と言い直した理由は?


結局、僕はひとりじゃ何もできないですから。とくにそう思うようになったのは、お店を始めてからですね。スタッフをはじめ、みんなの支えがあって自分が成り立っていることを痛感しました。



 Funmee!!編集部


――どういう時に支えられていると強く実感しますか?


ちょっとパンから話が飛びますが、妻の実家でご飯を食べている時かな。この辺りって、物々交換が成り立っているんです。食卓にアジの塩焼きが出れば、「これは誰々さん家の息子が釣ってきたんだ。お返しにキャベツをあげたよ」という話になる。



――素敵な習慣ですね。


そうすると、自然にアジを釣ってきたやつの話になって、そいつの顔を思い浮かべながらの食事になるわけです。パンに話を戻すと、うちの店で使っている食材も同じで、卵でもツナでも、作っている友達の顔が自然と浮かんでくるんです。繰り返しますけど、僕だけでは何もできないということが、身に染みてわかるようになりました。



一人じゃ何もできない、だから楽しい―― 『三浦パン屋 充麦』店主・蔭山充洋さんの“つながる”パンづくり【後編】


■プロフィール

パン職人

蔭山充洋さん


小麦から作るパンが評判の『三浦パン屋 充麦』店主。店舗から車で5分程度の場所に畑を持ち、仲間と力を合わせて小麦を育てている。その小麦で作るパンを軸に、「食の体験」を伝えることに尽力。近年は、パンにまつわるトークショーなどにも参加している。

http://mitsumugi.web.fc2.com/


===

企画・編集協力:枻(エイ)出版社

文:吉田 勉(Tsutomu Yoshida)

写真:上石了一(Ryoichi Ageishi)