【ポケットの中の博物館】#29 鉄道が好きすぎて作り上げた「1分の1スケール木造駅舎」


なぜ人は蒐集するのか。彼らのポケットの中を覗くことで、趣味を人生の中心に据えるに至った価値観をつまびらかにしよう。

 

県道脇に木造駅舎が佇んでいる。信号機があり、駅の看板こそあるが、ホームも線路もない。

 

実は鉄道好きが高じ、ギャラリーを兼ねた駅舎風物置「こおばんち駅」を作ってしまった。時刻表や運賃表を掲げた待合室には出札口もあり、硬券の入場券を無料で配布している。

 

なぜ1分の1スケールの木造駅舎を作ったのか。その理由を駅長でもある蒐集家に尋ねた。



こおばんち駅駅長の和田貴弘さん。こおばんち駅は本線から分岐する、田舎の乗り換え駅という設定

こおばんち駅駅長の和田貴弘さん。こおばんち駅は本線から分岐する、田舎の乗り換え駅という設定

 出典  Funmee!!編集部


JR八高線高麗川駅と西武池袋線高麗駅のほぼ中間に、地図にも時刻表にも載っていない駅がある。「こおばんち駅」と書かれた看板が県道脇に立っているが、どこにも線路はない腕木式信号機を見上げながら木造駅舎に足を踏み入れると、木製ベンチシートが出迎えてくれた。

 

「腕木式信号機も、それと連動する信号てこも、のと鉄道七尾線の能登三井駅で使われていたものです。木製ベンチシートは東飯能駅から譲ってもらいました。駅が自宅の駐車場にあるため、線路を敷けませんでしたが、その代わり国鉄OBに貰った枕木を庭の隅に置いてあります」



軒先の信号てこ(右)と腕木式信号機はワイヤーで繋がっていて、手動で信号機を動かすことができる。また、かつて駅で荷物を預かり、最寄り駅まで鉄道で運んでいた。その際、荷物秤(信号てこの左隣り)で重さを計り、送料を徴収した

軒先の信号てこ(右)と腕木式信号機はワイヤーで繋がっていて、手動で信号機を動かすことができる。また、かつて駅で荷物を預かり、最寄り駅まで鉄道で運んでいた。その際、荷物秤(信号てこの左隣り)で重さを計り、送料を徴収した

 出典  Funmee!!編集部

改札口の真上には本物っぽい手書きの時刻表が掛かっていた。上野駅まで急行で2時間半かかる場所にある想定で考えたという

改札口の真上には本物っぽい手書きの時刻表が掛かっていた。上野駅まで急行で2時間半かかる場所にある想定で考えたという

 出典  Funmee!!編集部


ここは和田貴弘さんが平成9年10月に設立した架空のローカル線、日本和田鉄道のこおばんち駅だ。駅舎には待合室(4・5畳)と駅長事務室(8畳)がある。出札口で切符を頼むと、といっても入場券しかないが、鉄道管理者であり、駅長でもある和田さんが日付器で日付をスタンプした入場券(いまや貴重な硬券!)を渡してくれる。



乗車券に日付を印字するダッチングマシンと、駅に入場したことを証明する改札鋏。こおばんち駅の出札口にはそのほかにも、どこかで見たことがある備品がいくつも並んでいる

乗車券に日付を印字するダッチングマシンと、駅に入場したことを証明する改札鋏。こおばんち駅の出札口にはそのほかにも、どこかで見たことがある備品がいくつも並んでいる

 出典  Funmee!!編集部

和田駅長に頼むと、硬券入場券に日付を印字後、入鋏したものを記念に貰える。その入場券は、乗車券専門の業者に作ってもらった国鉄仕様の本格派!

和田駅長に頼むと、硬券入場券に日付を印字後、入鋏したものを記念に貰える。その入場券は、乗車券専門の業者に作ってもらった国鉄仕様の本格派!

 出典  Funmee!!編集部


「子どもの頃から鉄道が好きで、国鉄の制服や改札鋏などいろいろな鉄道グッズを蒐集してきました。自宅に隣接する古い母屋を壊し、物置を建てる際、鉄道の備品や写真を展示したいと思い、ギャラリーを兼ねた駅舎を作ることにしました」

 

昔は地方のどんな路線にも木造駅舎があり、駅長、助役、駅員がいた。改札で硬券のやりとりがあったり、駅員と列車の乗務員がタブレット(※)の受け渡しを行なうなど、映画『鉄道員』に描かれたような世界を垣間見ることができた。やがて合理化が叫ばれ、赤字路線は次々と廃線。鉄道員の間で綿々と受け継がれてきた人間臭さも徐々に消えていった。



※タブレット……かつて、鉄道運行の安全を確保するために一定区間を走る列車の数をひとつに限定する「閉塞」という仕組みがあり、通行票の役割をするタブレット(もしくは通票)が使われていました。



県道川越日高線の脇に佇むこおばんち駅(工場がある家という意味)の駅看板。以前、JR高麗川駅で使われていたもので、無地だった裏面を活かし、本物らしい看板に仕上げた

県道川越日高線の脇に佇むこおばんち駅(工場がある家という意味)の駅看板。以前、JR高麗川駅で使われていたもので、無地だった裏面を活かし、本物らしい看板に仕上げた

 出典  Funmee!!編集部


「昔の駅を懐かしんでもらいたいという想いと、次の世代にかつての駅の姿を伝えたかったことから、こおばんち駅を作ることにしました」

 

幼少の頃旅した田舎の駅や、懐かしい風景を鉄道模型のジオラマで再現する人は多い。けれど、和田さんは1分の1スケールの駅で憧れの情景を描くことにしたのだ。




小学5年生のときから鉄道ひとり旅を謳歌していた。旅先で購入した入場券や使用済み切符が初期の蒐集品だった。駅長事務室には、18歳の頃自身が使った青春18きっぷや閉塞器、タブレット、車掌の腕章などが展示されている。



懐かしい鉄道グッズが並んでいる駅長事務室兼ギャラリー。展示ケースはふたつあり、不定期で展示物の入れ替えを行っている

懐かしい鉄道グッズが並んでいる駅長事務室兼ギャラリー。展示ケースはふたつあり、不定期で展示物の入れ替えを行っている

 出典  Funmee!!編集部


乗り鉄になるきっかけは、小学6年生のとき(1980年)にスタートした国鉄のキャンペーン「いい旅チャレンジ2万キロ」だった。踏破した路線の写真を事務局に送ると踏破認定書が貰えるキャンペーンだった。

 

「それが欲しくて乗り鉄になりましたが、全線を制覇したのは34歳のときです。なかなか時間が取れず、24年もかかってしまいました」



待合室で見学者を迎えてくれる木製ベンチシート。JR東飯能駅で長年使われてきたもの(製造年は不明)。木の温かみが旅人をやさしく包んでくれた

待合室で見学者を迎えてくれる木製ベンチシート。JR東飯能駅で長年使われてきたもの(製造年は不明)。木の温かみが旅人をやさしく包んでくれた

 出典  Funmee!!編集部


制服や腕章、ホーローサボ(行先板)などは専門店や鉄道会社主催の即売会に行けば、誰でも購入できるチャンスはある。けれど、腕木式信号機や信号てこなど、和田さんが大物と呼ぶ鉄道グッズは、いったいどうやって入手したのだろうか。



手前右がキャリア。閉塞器に格納するタブレットが入ったキャリアが、駅員と列車の乗務員の間を行き来していた

手前右がキャリア。閉塞器に格納するタブレットが入ったキャリアが、駅員と列車の乗務員の間を行き来していた

 出典  Funmee!!編集部


「全国の鉄道会社に電話をかけ、駅にちなんだものを探している旨を伝えた上で交渉します。腕木式信号機はどうしても欲しかったので、のと鉄道で使われていたものの他、もう1機蒐集することができました」

 

こおばんち駅から少し離れた場所に立つ信号機は、天竜浜名湖鉄道で使われていたものだ。本社(浜松市)に連絡したところ、天竜二俣駅の構内に放置されたものがあると聞き、交渉の末譲り受けた。その際基礎の図面のコピーも貰った。「設置するなら必要だろう」と心配してくれたからだ。その信号機の近くには、昭和28年改造の銘板が付いた車掌車が鎮座している。福島の果物屋の直売所で物置として使われていたものだ。



こおばんち駅から少し離れた場所に停車中の車掌車(昭和28年国鉄高砂工場改造)。鎧戸と呼ばれる木製の日除けも、テーブルも製造された当初のままだ

こおばんち駅から少し離れた場所に停車中の車掌車(昭和28年国鉄高砂工場改造)。鎧戸と呼ばれる木製の日除けも、テーブルも製造された当初のままだ

 出典  Funmee!!編集部


水道工事が本業なので軽トラックとユンボを所有する。そのユンボで穴を掘り、信号機を設置した。即売会で購入した閉塞器やJRから譲り受けた荷物秤はトラックで運んだが、信号機や車掌車は運送屋を営む同級生に運んでもらった。

 

地元高麗川駅の駅長や駅員には、子どもの頃から可愛がってもらってきた。不要になった駅の備品があると連絡があり、トラックで受け取りに行く。新駅長が着任すると、こおばんち駅の視察がてら、和田駅長に挨拶にくるのだそうだ。



列車の衝突を防ぐための保安システムとして開発された閉塞器。即売会で購入し、トラックでここまで運んだ

列車の衝突を防ぐための保安システムとして開発された閉塞器。即売会で購入し、トラックでここまで運んだ

 出典  Funmee!!編集部


和田駅長は高麗川駅主催のミステリー列車の旅を7回企画してきた。専用列車による日帰り旅行で、最大176名が参加したツアーもある。ダイヤグラムのすき間を狙う臨時列車のため、通常の列車が走らない貨物線も運行するなど、複雑な路線を走るツアーになるという。

 

「2017年はこおばんち駅設立20周年なので、記念に残るユニークなツアーを企画したいと思っています」



高麗川駅長の提案がきっかけで和田さんは、1999年から団体専用列車ツアーの企画を始めた。2013年には行先不明のミステリー列車として120名が、高麗川〜葛西臨海公園の旅を楽しんだ

高麗川駅長の提案がきっかけで和田さんは、1999年から団体専用列車ツアーの企画を始めた。2013年には行先不明のミステリー列車として120名が、高麗川〜葛西臨海公園の旅を楽しんだ

 出典  Funmee!!編集部


ところで、日本和田鉄道にも定年はあるのだろうか。

 

「一般的には60歳です。私も2018年で50歳。定年後も嘱託で残りたいと思うかも。あるいは小学5年生の息子が新駅長に就任する可能性もあります。でも本音を言うと、委託でもいいので本物の駅長になりたいですね」

 

誰からも尊敬される駅長として定年まで立派に勤め上げてください。



『絶景駅100選 生涯一度は行きたい春夏秋冬の絶景駅』(山と渓谷社)

北海道稚内駅から沖縄県赤嶺駅まで約9,600ある駅の中から、特に絶景が拝める100の駅を厳選! 季節ごとに絶景駅が分類されているので、実際に足を運ぼうとすると何年も楽しめるおトクな1冊です!

amazonで見る 楽天市場で見る


■プロフィール

和田貴弘さん

 

鉄道コレクター/こおばんち駅駅長。中学の夏休みに初めて降り立った岩内線(北海道)始発駅小沢駅での早朝の光景が忘れられず、こおばんち駅のモデルにした。

 

 

駅舎風物置 こおばんち


埼玉県日高市栗坪463-1

TEL:042-989-1953

入館料:無料

※企画展を開催期間中以外は、要問合せで見学可能



===

文:中島茂信(Shigenobu Nakajima)

写真:藤田修平(Shuhei Fujita)

 

 

■注記

本企画はライフスタイル誌「Lightning(ライトニング)」(枻(エイ)出版社)の連載「ポケットの中の博物館」の再掲載になります。



最新情報はこちらから フォローやいいね!をして最新情報を受け取ろう

Funmee!!編集部

Funmee!!編集部

TOP