自動車
まるで部活?! オースチン・ヒーレーが育む、仲間との固い友情

まるで部活?! オースチン・ヒーレーが育む、仲間との固い友情


英国の旧車オースチン・ヒーレーは、1952年に誕生したスポーツカーブランド。1953年に最初のモデルを発表し、1971年に最終モデルをリリースする18年の間で、100、3000、そしてスプライトの、わずか3種を丁寧に熟成させてきた歴史を持っています。

 

今回はそんなオースチン・ヒーレーを愛するメンバーで構成されたAustin Healey Club of Japan(以下AHCJ)の会長・武森 博さんに、共通の趣味で強い絆が生まれる喜びについて語っていただきました。



信じたのは子どものときの直観。ヒーレーとの出会い

武森さんがはじめて購入した「カニ目」
 提供 武森博さん
武森さんがはじめて購入した「カニ目」


武森さんが初めてオースチン・ヒーレーを手にしたのは40年ほど前だったそう。ボンネットの上に丸いヘッドライトがちょこんと乗った、日本では“カニ目”と呼ばれるスプライトでした。



世界におよそ150台しかない武森さんの現在の愛車
 出典  Funmee!!編集部
世界におよそ150台しかない武森さんの現在の愛車


現在の愛車は、はじめてのヒーレーとは別のもので、ル・マン24時間レースに参戦した車と同じ仕様で販売された特別仕様。世界におよそ150台しかないんだとか。

 

僕はアメリカ軍の航空基地のある町で生まれ育ったのですが、街中には軍人が乗る大きなアメ車や小気味いい英国のスポーツカーがたくさん走っていました。そこで見かけたのがオースチン・ヒーレーで、子どもながらにビビッと来ましたよ」



Austin Healey Club of Japanの会長・武森 博さん
 出典  Funmee!!編集部
Austin Healey Club of Japanの会長・武森 博さん


武森さんの幼少期といえばおよそ'50年代から'60年代。そのころの英国車のなかでも、特にオースチン・ヒーレーが気になったのはなぜでしょう。

 

「身の丈に合ったスポーツカーだと感じたんじゃないでしょうか。成長するにつれいろいろ調べていくと、高価なパーツを使うのではなく、量産品を独自に改良しながらスポーティに仕上げていくのがオースチン・ヒーレーの特徴だと知りました。実際に手に入れてみると、ある程度の部分までは素人でも修理可能なんですね。乗ってもいじっても楽しい。子供の頃の直感はやっぱり当たっていました」

 

そう語る、武森さんはまるで少年のようでした。



活動を夢想しただけで、37年間も慕われるはずがない


武森さんはAHCJに入って37年が経ちますが、英国のヒーレークラブの『かっこいいバッジ』がほしくて、入会したのが最初だったそうです。


次に友人とスプライトのクラブを日本に設立したのですが、すぐにその前からあったAHCJと合流して1980年に再スタートしました。



英国のクラブのバッジ
 出典  Funmee!!編集部
英国のクラブのバッジ

 

「いきなり会長になったんです。他になり手がいないという理由だけで。最初の頃のAHCJはお茶飲み会程度のささやかなものでした。しかしクラブを維持していくならもう少し積極的な活動をしなくちゃいけないなあと、そう思った瞬間に会長になり、現在に至るという感じです」



ボンネットが開いた状態
 出典  Funmee!!編集部
ボンネットが開いた状態


AHCJの看板を背負った武森さんは、最初に加入した英国のクラブを通じて、ヨーロッパ各国やアメリカ、オーストラリアのクラブへと人脈を広げていきました。その活動は手紙のやりとりに留まらず、各国で行われるイベントにも参加することで信頼を得てきたそうです。


「現地用のスプライトも所有しているんです。向こうでヒーレーがないとさびしいでしょ(笑)。こんなこともありました。60年代に活躍したヒーレーのワークスドライバーが来日したとき、我が家に泊まってもらったんです。HOTEL SIKIMORIってよろこんでくれました。そういうのって特別じゃないんですよ。アメリカのクラブで知り合った家族とは、互いの子供を交換留学させました。ウチの娘はそれでアメリカが気に入り、短大卒業後は向こうの大学に入り、今ではボストンの住民になっちゃいましたけど」



情熱や助け合いは人生の宝になる

仲間たちの車と武森さん
 出典  Funmee!!編集部
仲間たちの車と武森さん


しかしいくらクルマが好きとは言え、武森さんにも本職があり、実生活との兼ね合いを考えねばならないはず。

 

「僕ね、元小学校の教員なんですよ。教師もクラブの活動も人間相手。要は人が好きなんですね。先にも言ったように、古いものを守っていくには人のつながりが大事です。皆で情報や部品を共有しないと、'50年代のクルマを乗り続けることはできない。であれば友好的な人間関係を築かないとね」

 

AHCJ内では1台のヒーレーのオーナー交換が盛んだそうで、それはメンバー同士の信頼があってこそ。



仲間といっしょだと、自然と笑顔
 出典  Funmee!!編集部
仲間といっしょだと、自然と笑顔


「クラブを続けていると教わることが多いんです。海外メンバーとのやりとりで英語を覚えたし、インターネットもそう。まあね、公務員でも買えるクルマだったことが幸いしましたけれど、好きなものを守っていく情熱や、互いを助け合う思いというのは人生の宝になりますよね」



若い人たちに『メンバー同士のつながりの素晴らしさ』を伝えたいと話す、武森さん
 出典  Funmee!!編集部
若い人たちに『メンバー同士のつながりの素晴らしさ』を伝えたいと話す、武森さん


まさに大人のクラブ活動。武森さんはできれば若い人たちにもAHCJやヒーレーについて興味を持ってもらいたいそうで、今後は若い世代に向けた活動をしていくそうです。


『メンバー同士のつながりの素晴らしさ』を伝えるためにも。



自動車

エブロ 1/43 オースチン・ヒーレー スプライト MK.1 ホワイトのレジンモデルです。


===

文:田村十七男(Tonao Tamura)

写真:澤田聖司(Seiji Sawada)



2017年7月7日
Funmee!!編集部
Funmee!!編集部

RANKING

ランキング