運命的なカレーに出会えて、生き方が変わった。 『トプカ』店主・関根保博さんのカレー方程式


飲食店激戦区である東京神田の中で、全国からファンが訪れるカレー専門店『トプカ』。

代名詞である欧風カレーと印度カレーの二刀流は、どうして生まれたのか? そのいきさつから、唯一無二の味について教えてもらいました。

偶然出会ったカレーが僕の運命を変えた

 出典  Funmee!!編集部


ーー 「トプカ」をはじめたいきさつを教えてください。


大学を出てから、最初はエンジニアだったんだけど、なかなかまわりについていけなくなってしまって。それでやめて、昔から好きだった丸の内にあるレストラン「東京會舘」に入りました。



ーー そこで料理修行をしていたんですか?


いや、営業だったんです。不思議なもので、人は適材適所ってあるんだね。

もう飛ぶ鳥落とす勢いで出世コース。30代後半で次長になって、部下も30人くらいいた。でも42歳の時に辞めて。



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ーー 出世コースからカレー店へ転身した理由はなんだったんですか?


働いていた東京會舘のカレーが大好きだったんです。それをもっと多くの人に食べてもらいたかったから、「店を出そう」って社長に提案したけど却下されて。


もともとものづくりが好きだったし、それなら!と思って、東京會舘のカレーをベースにした店を自分で始めたんです。当時は珍しかったセントラルキッチンを大塚に作って、弟と二人で試行錯誤の毎日ですよ。



ーー セントラルキッチンの発想が早いですね。


あの頃は大変でしたね。外は真夏の太陽が照りつけて35℃超えていたけどキッチンの中は60℃以上。汗だくになりながら何時間も作って、外にでたら「あぁ涼しい」って。


現在、使っている入間の工場ができた時は「ここまでこれたか」って涙が出ましたよ。それで、まず最初に欧風カレーができたんです。



理論で作って、具材で変える。 ロジカルなカレーづくり


ーー 最初が欧風カレーの方だったんですね。こだわったのはどの部分ですか?


理論的にカレーを分析したんです。特に化学、数学の考え方が助けてくれました。「ここにこれを加えたらこうなる」って。料理人じゃなくて技術屋の視点だから、その当時は、洋食、和食、インド料理とかジャンルの壁があったけど、そんなセオリーは無視して料理の枠を取っ払った。



ーー それは面白いですね! 欧風カレーの味の決め手はなんですか?


バター、そしてリンゴ等のフルーツを大量に使っています。だから印度カレーと作り方から全然違う。丸一日かけて仕込んで2日間寝かして、店でまた一手間かけて仕上げます。



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ーー トプカさんといえば、具材によってルーを変えていることで知られていますが、その理由は?


その方がより具材とルーの一体感が生まれるんです。例えばエビカレーは、エビを具に乗せるだけじゃなくて、エビの頭からとった濃厚な出汁で作るソースを混ぜる。より香りも強くなって深みが出ます。



ーー 全部変えているんですか?


欧風と印度カレーと合わせるとベースだけで5種類。欧風のベースはひとつで、それぞれ食材の天然のエキスを使って味を変えています。牛すじならすじ肉を煮込んだエキスを入れたり、ポークは豚肉の煮汁とか。



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ーー すごく手間がかかっているんですね。


それがカレー作りで一番大事なんじゃないかな。効率化するのも必要だけど、どれだけ手間をかけるかで味が変わってくる。



ーー なるほど。欧風カレーだけでも7種類ありますが、これは最初からあったんですか?


最初は2種類だけです。もともとは、こんなに作ろうと思ってなかった(笑)例えばまかない料理から「これいいね」ってアイデアから始まって、常連さんに開発途中で出したら人気が出て定番になることもよくあるよ。


いまでもオープンしている日は毎日ポークカレーを食べに来るお客様がいて、おかげさまでそういうファンの方に支えられていますね。



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■ プロフィール

トプカ会長

関根保博さん

1950年生まれ。「トップ・オブ・カリー」をコンセプトに創業。全く味わいの異なる欧風カレーと印度カレーの両方が楽しめるカレー専門としてカレーフリークから絶大な支持を集める。


トプカ

東京都千代田区神田須田町1-11



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企画・編集協力:枻(エイ)出版社

文:藤谷良介(Ryosuke Fujitani)

写真:上樂博之(Hiroyuki Jyoraku)


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Funmee!!編集部

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