スノーボードへの愛があるから、輝く瞬間が撮れる。写真家・柳田由人さん


湘南・茅ヶ崎を拠点とする写真家の柳田由人さんは、自らスノーボードプレイヤーとして活躍した経験を活かしてスノーボーダーを撮影しています。


「被写体が最も輝いている瞬間」を表現するその撮影技術が評価され、オリンピックでも撮影を手がけました。“好き”を突き詰め大舞台に立った柳田さんの歩みを聞きました。




カメラの道に進むはずが、なぜかスノーボーダーに?!

愛する湘南の海を背景にした柳田さん

 出典  Funmee!!編集部


―― スノーボードの撮影で有名な柳田さんですが、スノーボードとカメラ、どちらの出会いが先だったのですか?


父親が東京・神田にスタジオを構えるカメラマンだったので、1~2歳ぐらいからカメラををいじったりしてはいたのですが、「カメラマンになりたい」とは思っていなかったです。もともとバイク好きで、高校生の時よく行っていたバイク屋さんが急にスノーボードを扱うようになって。そこからまずスノーボ-ドに興味を持ってやり始めるようになりました。

 


―― それでは、カメラはいつごろから?


高校卒業後の進路を考えた時、「俺、カメラ屋さんを継ぐんだろうな」と突然思ったんです。それで、渋谷にある日本写真芸術専門学校に通うことに。ですが、カメラの専門学校だから「カメラマンになる」という目的意識をしっかり持った学生ばかりが集まっていて。「俺もやらなきゃ!」と焦るようになりました。

 


―― そこからカメラの道へ邁進した?


ではなく、なぜかスノーボードのほうにのめり込んでいったんです(笑)。



挫折が生んだ、「スノーボードカメラマン」という新しい世界

様々なシーンでスノーボードを撮影し続けている

 提供  柳田由人さん


―― スノーボードにのめり込んだとはいえ、専門学校でカメラの勉強はしていたんですよね…?(笑)


一応(笑)。専門学校に通いながら、クルマやバイクの雑誌を制作している出版社でカメラマンのアシスタント的なこともしていました。でもやっぱりスノーボードがやりたくて、専門学校を卒業する20歳の時、父親に「スノーボードでプロになる!」って宣言したら「25歳まではやりたいことをやればいい」と言ってくれて。

 


―― お父様が背中を押してくれたんですね。


そこからは、夏の間はニュージーランドの雪山で練習、冬は日本でアマチュアの大会に出るというスノーボード中心の生活を送るようになり、メーカーのサポートを受けるまでになりましたが、結局、日本スノーボード協会(JSBA)公認のプロにはなれなかったんです。そうこうしているうちに約束の25歳になってしまい、腹をくくってカメラマンとして生きていこうと決めました。



スノーボードに打ち込んでいた当時の柳田さん

 提供  柳田由人さん


―― なるほど。そこからスノーボード×カメラという新しい道が拓けていくわけですね。


2年間アシスタントをして、その後、独立しました。独立後はスノーボードの雑誌や、現役時代にサポートしていただいていたスノーボードメーカーのカタログなどを撮影するようになり、当時は1年中、雪山にいるような感じでしたね。スノーボードバブルと呼んでもいいほどの時代だったので、アメリカやカナダ、スイスなど海外もたくさん行きました。



アスリートの“カッコいい”瞬間を写真で表現したい

ソチオリンピックにて、五輪マークを背景に。

 提供  柳田由人さん


―― そして、スノーボードカメラマンとしてオリンピックの撮影に。


『トランスワールドスノーボーディング』という今はなくなってしまった雑誌で、オリンピックの撮影に行かせてもらいました。2002年のソルトレイク、2010年のバンクーバー、2014年のソチの3回。

 


―― 3回も。もはや常連ですね。


ソルトレイク五輪の時は、のちに結婚することになる吉川由里選手の撮影もしました。当時はまだ付き合ってもいなかったのですが、かなり注目されている選手だったので「やべぇ、吉川由里だ!」みたいな感じで……(笑)。

 


―― オリンピックで、家族もゲットしたと。


はい(笑)。あと印象に残っているのは、ソチ五輪で平岡卓が銅メダルを獲ったこと。ソチ五輪の時、サムスンが平岡卓をCMキャラクターに起用して、渋谷、原宿、名古屋、大阪で屋外広告を展開したんです。その屋外広告の撮影を担当して、彼とすごく仲良くなっていたこともあり、目の前で銅メダルを獲ってくれてうれしかったですね。



撮影した平岡選手の広告。渋谷などで大きく展開

 提供  柳田由人さん


―― 最近はスノーボードだけでなく、他のスポーツも撮影されているようですね。


そうですね。スポーツを撮る場合、「自分がやってみないと、撮られる人の気持ちはわからない」と思っているので、ランニングの撮影前にはランも始めて。そうしたら思った以上に楽しくて、練習を積んで湘南国際マラソンにも何度か出たんですよ。

 


―― 何事も自ら経験するようにしているんですね。


バドミントンは逆に自分が先にハマって、その趣味が高じて仕事につながった感じですね。この前は、オリンピックで活躍した松友美佐紀選手と佐々木翔選手の撮影をさせてもらいました。



柳田さんが撮影を担当した、バドミントンのカタログ

 提供  柳田由人さん


―― 趣味と仕事がリンクして、活躍の場がさらに広がっていますね。この先、カメラマンとしての目標や夢があれば教えてください。


スポーツ選手って自分のフィールドにいる時が一番輝いていると思うので、その選手のフィールドでカッコいい写真を撮っていきたいですね。スタジオで“やらせ”で撮るのではなく、たとえばバドミントンなら本物のコートにライトを組んで、本気のスマッシュを打ってもらって撮る……というように。

 


―― 輝く瞬間……それが一番アスリートのみなさんもうれしいですよね。


スタジオで撮るよりもタイミングの合わせ方とかは難しいんですけど、リアルなほうが絶対にカッコいいと思うんです。自分は“スポーツファッションフォト”とか“エクストリームフォトグラフ”という呼び方をしているんですけど、そういう写真を追求していきたいですね。




■プロフィール

柳田由人さん

神奈川県茅ヶ崎市在住。日本写真芸術専門学校を卒業後、スノーボードプレイヤーとして活躍したのち、写真家・郡大二郎(こおりだいじろう)氏に師事。 1999年よりスノーボードカメラマンとして活動を始め、オリンピックの撮影も手がける。現在はスノーボードカメラマンとしての活動を軸に据えつつ、ランニングやバドミントンなど各種スポーツのアスリート撮影も行い、常にアスリートを“格好よく”表現することを追求している。また、タレント・モデル撮影、クルマ撮影などにも活躍の場を広げ、さらにカメラメーカーのセミナー講師なども務める。

 

 

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企画・編集協力:枻(エイ)出版社

文:古田朱美 (Akemi Furuta)

写真:柳田由人 (Yoshito Yanagida)



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Funmee!!編集部

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