【ポケットの中の博物館】#02 大阪万博に魅せられた永遠の万博少年


45年前、日本万国博覧会という世界的なイベントが大阪で開催され、白井達郎さんはそれを記念した品々や万博グッズの蒐集を続けている。

 

なぜいまも万博なのか。万博の魅力はどこにあるのか。なぜ万博グッズを集めているのか。その魅力を尋ねた。



大阪万博にまつわる関係グッズを蒐集

蒐集の品は太陽の塔のミニチュアオブジェやさまざまなおもちゃ、ノベルティなど多種多様

 出典  Funmee!!編集部


1970年3月から9月までの間、日本中を熱狂の渦に巻き込んだイベントが大阪府吹田市で開かれた。開催地にちなみ大阪万博と呼ばれる日本万国博覧会(EXPO'70)である。「人類の進歩と調和」をテーマに、50年後の未来都市が大阪に出現した。入場者数はのべ6,422万人。日本人の2人に1人が足を運んだ。

太陽の塔が鎮座するお祭り広場

 提供  白井達郎


なぜそれほど人々を魅了したのか。まだスマホもガラケーもない、ダイヤル式の黒電話が主な通信手段だった時代、テレビ電話や電気自動車、動く歩道がお披露目された。いわば戦後25年間に築き上げてきた技術、近代工業社会を高度化していたこの国の希望、明るい未来を集約した大阪万博のコンセプトが受け入れられたのだ。

アメリカ館ではアポロ8号の司令船などが人気を評した

 提供  白井達郎


「万博開催が決まったのは1965年、私が小学5年生の時です。その数年後に工事が始まりました。中学3年間は毎週末、竹やぶだらけの旧街道をサイクリング車で走り、万博会場ができていく様子を眺めていました」と話す白井達郎さんも、万博ウイルスに取り憑かれたひとりだ。

テレビ番組や新聞、雑誌が万博特集を組んだ。家電メーカーでは、カラーテレビを普及させるため、万博にちなんだ記念品を付けて販売した。マッチ箱や貯金箱にも万博のシンボルマーク(5つの桜の花が五大陸を、中央の円が日本を表している)が印刷された。ありとあらゆるものに万博のシンボルマークが付けられ、付ければ売れる時代だった。

大阪の商店街にあった看板を自宅玄関に設置。万博のシンボルマークが描かれている

 出典  Funmee!!編集部


「何度も万博に足を運び、記念品をいくつか買いましたが、小遣いが少なかったので、電器店が配っていた『万博をカラーテレビで観よう』と書かれたチラシのような、ただのものをいろいろと集めていました」

ところが、万博が閉幕した途端、売れ残った記念品が街に溢れはじめた。そうした万博グッズを白井さんはかき集めることにした。

大学卒業後、印刷会社に就職。万博から離れていた時期もあったが、仕事で知り合った人の中に万博関係者がいた。その人から貴重な資料を譲り受けたことで、万博ウイルスが再発した。

銀行などが配った万博の貯金箱。リスは手塚治虫がデザインした三洋電機の貯金箱

 出典  Funmee!!編集部




文化としての万博を後世に語り継ぎたい


モーターショーにコンパニオンが欠かせないように、万博の各パビリオンにはホステスがいた。彼女たちは、有名なデザイナーがデザインした服を着用した。鉄鋼館(日本鉄鋼連盟のパビリオン)の衣装は森英恵が、サントリー館はフランス人がデザインした。白井さんはホステスが着用した服を、当時彼女たちが着た写真と一緒に40着蒐集している。

パビリオンのホステスが着た衣装。右のハンガーの手前はサントリー館。左の手前は三菱未来館

 出典  Funmee!!編集部


ファストフードといえば立ち食いそばだった時代、会場でケンタッキーフライドチキンが売られた。運営したのは、その後ロイヤルホストを立ち上げたロイヤルだ。

「自分は食べていませんが、空き箱だけ持っています」

日本初のファストフードが万博会場に登場。その空き箱も蒐集している。「おいしかったそうですが、かなり高かったと聞いています」

 出典  Funmee!!編集部


蒐集品の中でもっとも大きいのが、ウルグアイ館の外壁だ。閉幕後、ウルグアイ館が取り壊される際、兵庫県内の飲食店がパビリオンを引き取った。飲食店が閉店する話を耳にした白井さんは、外壁の一部を譲り受け、自宅玄関に設置したのだ。

自宅前に設置されたウルグアイ館の外壁

 出典  Funmee!!編集部


時々、白井さんは万博コレクターとしてテレビに出演する。番組を見た人から、万博グッズを引き取って欲しいという連絡が今もあるという。

「開催から45年以上が経っているのに、未だに見たこともないものが出てきます。万博のパワーには呆れるばかりですが、集めても集めても達成感がまったくありません。万博グッズの蒐集には終わりがないんです」

けれど、ただ蒐集しているわけではない。吹田市で大阪万博が開かれた事実を後世に伝えたい。それが自分の使命だと考えているのだ。その際万博グッズを見てもらったほうが語りやすいし、知らない世代にも理解してもらえるというのである。

お年寄りが集まる講演会では、大阪万博の話をすることで昔話に花を咲かせてもらうことができる。地元の小学生対象の講演会では、万博の話をすることで地元の文化を伝承したいと願っているのだ。

物欲を満たすためだけのコレクションではないところが、白井さんが並の蒐集家ではない所以である。


■プロフィール

白井達郎さん

万博コレクター。WEBサイト「万博ミュージアム」を運営中。万博予定地から程近い大阪府池田市で育った。万博会場が着々と完成していく様をワクワクしながら見ていたことで万博マニアに成長。集めたコレクションを手に、講演会などで数多くある大阪万博のエピソードを話し、さまざまな人々に当時の熱狂を伝えている。2016年3月、1,226点の秘蔵コクレクションを紹介する『EXPO'70グッズコレクション』(KADOKAWA)を上梓した。


 

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文:中島茂信 (Shigenobu Nakajima)

写真:中村光明 (Mitsuaki Nakamura)



■注記

本企画はライフスタイル誌「Lightning(ライトニング)」(枻(エイ)出版社)の連載「ポケットの中の博物館」の再掲載になります。



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Funmee!!編集部

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