【空から城を見てみる!】浜松城で戦国時代の面影を探る(ディテール編)


空から見下ろすと、じつは城の魅力がいっそう際立ちます。戦略的な地形、櫓や石垣へのこだわりと美しさ……。こんなに壮大な建造物を思い描き、実際につくりあげた先人たちの偉大さが迫力とともに伝わってきます。


徳川家康が築き、数々の偉人たちによって磨き上げられてきた浜松城、そのディテールに迫ってみましょう。




浜松城天守閣をぐるりと一周。よく見ると瓦のあちこちに徳川家の家紋、葵の御紋が!

出典  Funmee!!編集部


黒塗りの下層部と白い望楼のコントラストが美しい浜松城天守閣。石垣の上に張り出した石落とし(登ってきた敵に石を落としたりして攻撃するための仕組み)も物々しく、三層と小ぶりながら凛々しい佇まいです。


さすが天下人を生んだ城……と納得しそうになりますが、じつはこの天守閣、1958年に再建された当時は実在すらあやふやなほど資料が何もなかったそうです。


しかし、再建を願う市民の熱意もあり、「お城博士」の異名をもった名古屋工業大学の故・城戸久教授が設計。日本最古の現存天守閣である福井県の丸岡城を参考にしたと言われる美しい新天守閣が誕生しました。




巨大な天守門をくぐり抜けて天守閣を見上げる

出典  Funmee!!編集部


いっぽう天守閣の前にそびえる天守門は、明治初期まで現存していたようです。2014年、最近の発掘調査や19世紀に残された絵図をもとに復元されました。


その高さは9.4m、幅11mとじつに巨大。門の両脇の石垣には鏡石と呼ばれるひと抱えもありそうな大きな石が組まれ、上には石垣をまたぐように櫓が組まれた威風堂々たる姿です。


櫓のなかには武器や食料を保管でき、兵士が控えて攻め寄せる敵を迎え撃てるようにもなっています。戦国の世に生まれた野戦城としての迫力が伝わってくるようです。



天守閣を囲み、野面積みの武骨な石垣が幾重にも連なる。この囲いを曲輪(くるわ)といいます

出典  Funmee!!編集部


じつは建物以上に目が吸い寄せられるのが、石垣です。ゴツゴツした形も大きさもバラバラの石が武骨に組み上げられ、苔むしている姿は、荒々しくも美しいもの。


「野面積み」と呼ばれるこの組み方は、基本的に自然の石を加工せず、そのまま積んでいく方式です。戦国末期、浜松城が築城された当時によく用いられたやり方であり、400年前の面影をいまに伝える城マニアも垂涎の石垣なのです。




天守台も野面積み。隙間が多く一見もろそうですが、400年を超す年月を耐え抜いてきた

出典  Funmee!!編集部


とくに大きな石で組み上がっているのが、天守閣を支える天守台。じつはこの天守台、再建された天守閣よりもはるかに大きく、一辺が21mもあります。

 

資料が残っていないので不明ですが、天守台の大きさから想像すると、浜松城の天守閣はいまの姿よりずっと巨大だったのでは……とも言われています。


また、最近観光客の間で密かなブームになっているのが、天守台のなかにあるハート形の石探し。よーく探すとふたつあるそうです。自然の石を利用した野面積みならではの楽しみ方ですね。




天守曲輪を真上から見下ろす

出典  Funmee!!編集部


天守閣をぐるりと囲むように石垣が組まれた区画を天守曲輪と呼び、その出入り口が天守門になります。いわばお城のなかでも最後の砦です。


この天守曲輪を真上から見下ろしてみると、石垣が複雑に折れ曲がっているのがわかります。もともとあった山の形が反映された組み方で、石垣づくりの曲輪としては古風なもの。天然の要害をさらに堅固な城へとつくりあげた、家康に始まる武将たちの努力が見えてくるようです。




浜松城ペーパークラフト(日本名城シリーズ1/300)

実測図面から設計した超本格ペーパークラフト。1/300スケールで、完成すると約212mm × 212mm × H94mmで浜松城の美しい姿を再現します。

amazonで見る 楽天市場で見る


■プロフィール

浜松城

静岡県浜松市中区元城町100-2

TEL:053-453-3872

入場料:200円(天守閣・天守門共通)中学生以下は無料

受付時間:8:30〜16:30(天守閣・天守門共通入場は閉館の10分前まで)

休み:12月29日~31日

 

 

■注記

関係各所への許可をとり、撮影しています。



===

文:依田賢吾(Kengo Yoda)

撮影:山本大介(Daisuke Yamamoto)

撮影協力:ピークス 映像部



最新情報はこちらから フォローやいいね!をして最新情報を受け取ろう

Funmee!!編集部

Funmee!!編集部

TOP