#30 歴史的名車たちに想いを馳せる、御年70歳のカーコレクター!
自動車
【ポケットの中の博物館】︎

#30 歴史的名車たちに想いを馳せる、御年70歳のカーコレクター!


なぜ人は蒐集するのか。彼らのポケットの中を覗くことで、趣味を人生の中心に据えるに至った価値観をつまびらかにしよう。

 

学生時代からモータースポーツに勤しみ、ジムカーナやラリーに熱中してきた加藤仁さん。自分の手で整備したクルマでレースに出場してきたからこそ、愛車にも特別の思いがある。

 

それから半世紀。愛車と時間を共有してきたら、クルマがヒストリックカーになってしまった。マツダやアルピーヌで国内外のレースに挑み続ける、御年70歳のクルマ好きを紹介する。



学生時代に出会ったモータースポーツの世界

1970年スパ24時間レースでヨーロッパ人を驚愕させたマツダ・ファミリアロータリークーペのレプリカ2台。自身でレストアしたこの名車を駆って、2015年にはスパ・クラシックカーレースに参戦した
 出典  Funmee!!編集部
1970年スパ24時間レースでヨーロッパ人を驚愕させたマツダ・ファミリアロータリークーペのレプリカ2台。自身でレストアしたこの名車を駆って、2015年にはスパ・クラシックカーレースに参戦した


アルピーヌ社初の量産スポーツカー「A106」(1957年製)。1963年のルマン24時間レースに参戦した「アルピーヌM 63」(1963年製)。「マツダ・ファミリアロータリークーペ」(1969年製)などのヒストリックカーを10台ほど所有する人がいる。加藤仁さんである。青春時代に憧れたクルマで走りたいという思いで、それらを蒐集してきた。

 

歴史的価値があるクルマを私設自動車博物館に並べ、ニヤニヤしているのなら俗物かもしれないが、理解できなくもない。けれど、この人は眺めているだけでは飽き足らない性分らしい。「走らせてこそクルマ。飾っておくだけでは意味がない。レースに参戦することで最高のコンディションに保てる」と豪語する。



愛車のひとつ「ルノー・キャトルジンパー」(1983年製)のコックピットで笑顔の加藤仁さん。このクルマで北京・パリ大陸横断ラリーに出場した
 出典  Funmee!!編集部
愛車のひとつ「ルノー・キャトルジンパー」(1983年製)のコックピットで笑顔の加藤仁さん。このクルマで北京・パリ大陸横断ラリーに出場した


1985年(38歳)、東京自動車クラブ主催のクラシックカーレースにデビューして以来、国内外のクラシックカーレースに出場。昨年は5つの国内レースの他、アメリカとマレーシアのレースにも挑んだ。今年はルマン・クラシックレースに5度目の参戦を計画している。



2015年スパ・クラシックカーレースで加藤さんが運転する33号車(実際のレースナンバーは133)。マツダの「小さな巨人」の勇姿に1970年のレースを知る現地ファンも感動したという
 出典  Funmee!!編集部
2015年スパ・クラシックカーレースで加藤さんが運転する33号車(実際のレースナンバーは133)。マツダの「小さな巨人」の勇姿に1970年のレースを知る現地ファンも感動したという


加藤さんのモータースポーツ歴は学生時代に遡る。

 

17歳の時、第2回日本グランプリレースを鈴鹿で観戦。モータースポーツに魅せられ、大学の自動車部に入部。自分でマツダ・ファミリアロータリークーペを整備し、ジムカーナなどに挑んできた。その頃、1970年スパ24時間レース(ベルギー)の16mmフィルムを観た。マツダ・ファミリアロータリークーペの活躍を伝えるフィルムだった。BMWと優勝を争ったマツダ・ファミリアロータリークーペは、多くのヨーロッパ人に強烈なインパクトを与えた。

 

「優勝目前のトラブルでリタイアしましたが、ヨーロッパ人を興奮させたマツダの活躍に感動しました」

 

この瞬間、いつか自分もスパで走りたいという夢が芽生えた。

 


解体屋などをめぐり、自動車部品も蒐集


家庭を持ち、モータースポーツから離れた時期もあったが、33歳で復帰。それはマツダ・ファミリアロータリークーペでのモータースポーツ再開と青春の再現でもあった。

 

アルピーヌの影響もある。20代の頃、アルピーヌはラリーで二度優勝。それを自動車雑誌で知り、自分でもラリーをやっていたことからアルピーヌに憧れを抱いていた。が、日本で未発売のアルピーヌを見るチャンスは皆無だった。ところが、スーパーカーブームでアルピーヌの輸入がスタート。もちろん、おいそれとは買えるクルマではなかった。

 


アルピーヌ・フォーミュラ2。こちらもルマン自動車博物館に展示してあったもので、売りに出された時、国際電話で購入を提案され、即決した
 出典  Funmee!!編集部
アルピーヌ・フォーミュラ2。こちらもルマン自動車博物館に展示してあったもので、売りに出された時、国際電話で購入を提案され、即決した


1980年のある日、アルピーヌと遭遇。環八通りの中古自動車店に展示されていたのだ。中古のミニクーパーを買うつもりだったが、もう少し足せば手が出る価格だったことから、赤の「アルピーヌA110」を購入。

 

フランス車でもレースに出るようになったため、その部品も必要になった。

 

43歳の頃(1990年)、パリを中心にフランスに3カ月滞在する機会を得た。その間、解体屋やパーツ屋に足繁く通い、アルピーヌの部品を買い漁りつつ、コネクション作りにも励んだ。

 

「僕にとってフランスは、ファッションの国でも美食の国でもありません。アルピーヌのパーツを仕入れに行く国です」



フランスで仕入れたアルピーヌ1300系エンジンのガスケット。観光地には目もくれず、ひたすらパーツ屋詣でに励んでいるとか。「何度も渡仏していますが、ノートルダム寺院には入ったことがありません。パーツ屋巡りばかりしてます」
 出典  Funmee!!編集部
フランスで仕入れたアルピーヌ1300系エンジンのガスケット。観光地には目もくれず、ひたすらパーツ屋詣でに励んでいるとか。「何度も渡仏していますが、ノートルダム寺院には入ったことがありません。パーツ屋巡りばかりしてます」


アルピーヌに限らずマツダ・ファミリアロータリークーペの部品も山ほどストックしている。マツダの経営がフォードに変わった際、マツダが旧い部品の生産を中止。以来、旧いロータリーエンジンなどの部品はほとんど市場に出なくなった。

 

「マツダ・ファミリアロータリークーペの部品は僕が一番持っているかも」



屋根裏には解体したマツダ・ファミリアロータリークーペのドアやリアの板バネが保管されている
 出典  Funmee!!編集部
屋根裏には解体したマツダ・ファミリアロータリークーペのドアやリアの板バネが保管されている
ロータリエンジンのストック
 出典  Funmee!!編集部
ロータリエンジンのストック
棚にはエンジンパーツが並んでいた。フランスで買ってきたり、送ってもらうものが多いが、新たにアメリカで作ってもらった部品もある
 出典  Funmee!!編集部
棚にはエンジンパーツが並んでいた。フランスで買ってきたり、送ってもらうものが多いが、新たにアメリカで作ってもらった部品もある


モータースポーツを始めた頃はその整備費用を捻出できなかったため自分で整備し、エンジンもオーバーホールしてきた。おかげで今や筋金入りのメカニックでもあるのだ。2カ所のガレージに加え、リフトがある整備工場を完備している。



加藤さんの整備工場。加藤さんが主宰する「クラブ ゾーン ルージュ」のメンバーがここでマシンを整備している。この日は、世界初のミッドシップエンジンのスポーツカー、マトラ・ジェット(1965年製)を整備していた
 出典  Funmee!!編集部
加藤さんの整備工場。加藤さんが主宰する「クラブ ゾーン ルージュ」のメンバーがここでマシンを整備している。この日は、世界初のミッドシップエンジンのスポーツカー、マトラ・ジェット(1965年製)を整備していた


加藤さんのモータースポーツ人生の中で特筆すべきは、2015年のスパ・クラシックカーレース参加が挙げられる。21歳の時からマツダ・ファミリアロータリークーペでレースに挑戦してきた加藤さんは、フィルムで観たスパでのマツダの躍進に心が踊った。「いつかロータリークーペでスパを走ってみたい」。その思いを達成したのが、2015年のスパ・クラシックレースだ。1970年スパ24時間レースに出場したクルマのレプリカを2台用意。加藤さんの夢をベルギーマツダが支えた。トレーラーハウスやケータリングを用意してくれたおかげもあり、21歳の時に抱いた夢を68歳で叶えた。



31年間マツダ・ファミリアロータリークーペで国内のレースに挑み、2015年にスパ・クラシックカーレースに挑戦した
 出典  Funmee!!編集部
31年間マツダ・ファミリアロータリークーペで国内のレースに挑み、2015年にスパ・クラシックカーレースに挑戦した


「僕の仕事は医療です。人間は年を取ったからといって心臓や血管を新品と変えることはできません。でも、アナログのクルマなら簡単に若返らせることができます。ある意味仕事のストレスやジレンマをクルマで解消しているのかもしれません」



4回目の参加となった2016年のルマン・クラシックカーレースのスタート前(アルピーヌM63)のワンシーン
 出典  Funmee!!編集部
4回目の参加となった2016年のルマン・クラシックカーレースのスタート前(アルピーヌM63)のワンシーン
自宅ガレージ脇にある書斎では自車に付けたレース用ナンバープレートも蒐集している。上からツール・ド・コルス・ヒストリックカー、モンテカルロラリー・ヒストリックカー、ミルキーウェイ・ブルーアイランドラリー。KANSASとあるのはアメリカのカンサス大学に留学中に取った愛車のナンバープレート
 出典  Funmee!!編集部
自宅ガレージ脇にある書斎では自車に付けたレース用ナンバープレートも蒐集している。上からツール・ド・コルス・ヒストリックカー、モンテカルロラリー・ヒストリックカー、ミルキーウェイ・ブルーアイランドラリー。KANSASとあるのはアメリカのカンサス大学に留学中に取った愛車のナンバープレート


死ぬまでレースを続けたい思いもあるが、70歳のいま、どこかで線引をしなければならないと感じている。

 

「たとえレースに参戦しないとしてもメカニックとしてモータースポーツに関わっていくつもりです」

 

でも、ヒストリックカーへの想いにチェッカーフラッグが振られることは死ぬまでないはずだ。ですよね、加藤さん?




■プロフィール

加藤仁さん

 

ヒストリックカーコレクター/内科医師。とりわけフランスのアルピーヌには熱い思いを持っていて、仏人コレクターの間ではアルピニスト(アルピーヌ好き)として知られている。

 

 

===

文:中島茂信(Shigenobu Nakajima)

写真:藤田修平(Shuhei Fujita)

 

 

■注記

本企画はライフスタイル誌「Lightning(ライトニング)」(枻(エイ)出版社)の連載「ポケットの中の博物館」の再掲載になります。



マニア
2018年7月26日
Funmee!!編集部
Funmee!!編集部

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