2020年も狙う!? 永遠のサーフ・コンペティター/川井幹雄ストーリー(後編)
サーフィン

2020年も狙う!? 永遠のサーフ・コンペティター/川井幹雄ストーリー(後編)

日本人プロサーファー第一号の川井幹雄さん。前回の東京オリンピックの年にサーフィンを始め、現在もコンペティション、フリーサーフィンに熱い気持ちを持ち続けています。そんな川井さんは、2020年東京オリンピックにある野望を持っているようです。

「オレだけを撮って!」。勝利への飽くなき追求

2016年、オーバーヘッドの波を滑る川井さん
 出典  Funmee!!編集部
2016年、オーバーヘッドの波を滑る川井さん

――2017年プロサーフィンツアーの「マスタープロ新島」では準優勝でした。惜しかったですね。

 

最初は点数的に競ってたんですけどね。サーフィンの試合には波の優先権というシステムがあって、次の良い波に権利を持ってる人が乗ろうとすると、他の人は乗ってはいけないんです。その優先権を自分が持ってるものと勘違いしちゃって、相手が乗ろうとしたときにテイクオフしちゃったんですね。それで反則を取られて負けてしまいました。

 

――百戦錬磨の川井さんでもそんなことがあるんですね。

 

いつも赤いゼッケンをつけてたから、「赤が優先」って聞いて「オレだ」って思ってしまって。実は白のゼッケンをつけていたという初歩的な勘違いです(笑)。

 

――勝つための努力はいまも昔も続けていると思います。

 

ずーっと昔はビデオカメラもいまみたいに性能が良くなかったから、まず自分のライディングを見るのが大変でした。8mmの映写機を買って、セミプロみたいなカメラマンの人に撮ってもらっていました。フィルムを自分で買って渡して撮ってもらうんですけど、3分間しか録画できないから「オレだけを撮って!」とお願いしていました。他の人を撮ったら3分なんてあっという間ですからね。

 

――そのフィルムを見て研究を?

 

何度も何度も、それこそ擦り切れるまで見ました。スロー再生ができないから途中でフィルムを回すのを止めるんですけど、光を当てて映してるから熱を持って、フィルムが燃えちゃったなんてこともよくありました。

 

――そう思うと最近はデジタルで便利ですね。

 

ただ、昔は現像から上がってくるまで1週間かかるので、上がってきたフィルムを見たときの感動はいまのデジタルの比ではないですね。その意味では、技術向上に対する姿勢は現在とはずいぶん違うような気がします。

 

――川井さんはもうすぐ70歳。失礼ですが、衰えは感じていますか?

 

波を見る目と頭の中の感覚は変わってませんが、体が……というときはありますね。際どいタイミングでテイクオフして、とっさにコントロールしなくてはいけないときなどは、体が一瞬、遅れるんです。悔しいというか、「若いころの川井幹雄ならどうしてたんだ!」って自問自答、反省しきりです。

 

――イメージと動きの違い、誰でもそれを味わうことになるのでしょうか。

 

その差をできる限り小さくしておきたいと思ってます。最近、家の本当に目の前に小さなジムができて、仕事が終わってから毎日30〜40分行くようになりました。いざという時に波にチャレンジできる準備は怠らないつもりです。

消えてなくなってしまうところが波乗りの魅力

鴨川にある自らのショップの前にて
 出典  Funmee!!編集部
鴨川にある自らのショップの前にて

――そこまで川井さんを魅了し続けるサーフィンの魅力はどんなところに感じていますか?

 

たとえばスキーとかスノーボードは、滑り終わって斜面を振り返ると、今自分が滑ってきたところにシュプールが残っていて、過去を振り返れるんですよね。でもサーフィンはそれができません。数秒前はもちろん、0.01秒前の自分を振り返ることができないんです。斜面にあたる波自体が消えてなくなってしまいますから。

 

――たしかに。残らないからやめられない?

 

そんな刹那的な世界で、できる限りのパフォーマンスをすること、そのための準備をすることをやめられないんです。ジム通いもその一つですね。ライディングの記憶も、良かった波はもちろんですが、良い波に乗れなかった時の方が強烈に残っています。

 

――同じ波は二度と来ないと言いますからね。

 

二度と来ないんですが、視点を変えるともっと良い波も必ず来るはずです。そう思わないと、後悔や反省ばかりでやってられないですからね(笑)。

 

――やはりそういう時はショートボードで乗りたいと?

 

体も大きくないし、性格的にもパッと乗ってパッとターンしてというのが好きなので、ショートボードがメインですね。

 

――ロングボードも乗ることはあるんですか?

 

ロングボードもそれはそれでゆったり乗れるし、どんなスタイルに見えるかいろいろ考えながら乗れるので魅力はあります。最近は元々のグーフィーフッターのスタンスで乗って、上手くできないところから上達することを楽しんだりしてます。53年前の川井幹雄に戻った気がして、新鮮ですよ。

 

――ショートボードへのこだわりは?

 

70歳まではショートボードと決めてます。その先ですか? その先は長いのにするか、このまま短いので行くか、少しだけ長くするのか、ちょっと迷ってますね(笑)

波に合わせて2〜3本、ボードを用意しておくよ

波に合わせてロングボードでも遊ぶ
 出典  Funmee!!編集部
波に合わせてロングボードでも遊ぶ

――2020年東京オリンピックではサーフィンが競技種目として採用されました。1964年の東京オリンピックの時にサーフィンを始めた川井さんとしては、感慨深いものがあるのではないでしょうか。

 

サーフィンがオリンピック種目になるなんて、夢物語が現実になって本当に夢のようです。サーフィンがスポーツとして認められたということが大きいですね。

 

――サーフィンにはアウトロー的なイメージがありましたからね。

 

元々はハワイの王侯貴族のスポーツでしたが、現代サーフィンにはやはりアウトロー的なカルチャーがついて回っていました。それが世代が積み重なるにつれて、社会の一員もサーフィンをやるようになりました。海岸清掃や環境への取り組みも認めてもらえて、サーフィンが健全なスポーツとして認知されたことの第一歩ではないかと思います。

シェイパーとしても評価は高い
 出典  Funmee!!編集部
シェイパーとしても評価は高い

――ぜひオリンピックは成功させたいですね。

 

自然相手のスポーツですから、思うようには行かないと思います。決められた期間で十分な波が立つのかという不安はありますが、波の大きさ以外ではサーフィン界が一丸となってバックアップしなくてはと思っています。できれば大きな波でサーフィンの素晴らしさをアピールしたいですけどね。

 

――その日が楽しみですね。もちろん見に行きますよね。

 

ナマで見たいですね。日の丸が揚がるのかどうか、この目で確かめたいです。

 

――若ければもちろん、チャレンジしてますよね。

 

いやいや、いまからでも遅くないと思ってますよ(笑)。フィギアスケートみたいにエキシビションでもやったら出て、勝ちたいですね。どんなボードを作ろうかなぁ〜。よく知ってるポイントなので、波に合わせて2〜3本用意しておきます。

■プロフィール

川井幹雄さん

千葉県鴨川市出身。1948年生まれ。プロサーファー、シェイパー、サーフショップ『KAWAI SURF GALLERY』オーナー。第1回全日本選手権で優勝し、以後3連勝。全日本選手権で数え切れないほど表彰台に立つ。1981年日本のプロサーファー組織JPSA(日本プロサーフィン連盟)設立に立ち会い、現在も顧問や大会ディレクターとして関わり続ける。現役コンペティター。

 

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文:眞木健(Ken Maki)

写真:三浦安間(Yasuma Miura)

一部ライディング・その他写真提供:川井幹雄(Mikio Kawai)

2018年8月28日
Funmee!!編集部
Funmee!!編集部

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