【僕のサン=サーンス II】#08 母親と息子のミュージックライフ/チェロを習わせた母親の願い編


いつの日かの憧れは、ことさら混迷を深め、そして……。


名曲『白鳥』を弾きたい一心で突き進む連載企画「僕のサン=サーンス」。


幼い子どもにクラシック楽器を習わせる家庭に訪問する今回。後編では、音楽一家に生まれ育った苦悩を知る母親の、音楽と息子に向けた思いが語られます。




前回、3歳から母にピアノを教わった森永はぎのさんが、自分の息子である悠月くんにも3歳で鍵盤に触れさせながら、小学校入学と同時にチェロを紹介したのが今回最大のトピックと書いた。その紆余曲折を聞き終えた後ではぎのさんが言った言葉が忘れられない。


「ピアノが弾けてよかったです。この子と大事な時間を持つことができたから」

 

はぎのさんの家系はかなり音楽と縁が深い。芸大で知り合ったバイオリニストの曽祖父とピアニストの曾祖母は、共に戦前のドイツに留学。彼の地では山田耕筰とも交流があったという。その二人のもとに生まれた娘、つまりはぎのさんの祖母もピアノの先生。それから母も一流ピアニストになる夢を叶えるため留学を志したが、体を壊して断念した経験を持っている。「その無念さが私に向かったのかもしれません。父はクラシック好きのおだやかな人でしたが、母は気性の強い人で、ピアノのレッスンとなればそれはもう厳しかったです」



音楽一家の血筋を引く森永はぎのさん。母もご自身も国立音大出身

音楽一家の血筋を引く森永はぎのさん。母もご自身も国立音大出身

 出典  Funmee!!編集部


8歳になるとき、国立音楽大学の付属小学校に編入。それも母の勧めだった。


「実は、辛かったピアノを辞められなくなる事件が起きたんです。ひとつ年上の兄もピアノを習っていたのですが、小学6年生になったときに自分から辞めると切り出して、私の目の前で母と大喧嘩を始めちゃって……。二人の言い争いがあまりに怖くて、私には自分の意見を口にする勇気が持てませんでした」

 

それこそが僕が勝手に描いていた、音楽家になるために不可欠なスパルタ英才教育だった。やはりそれは存在していたのだ。しかしはぎのさんは、ピアノを続けたことで高校時代に一生の恩師と呼べる人と出会い、それまで気付かなかったピアノの魅力を知ることができたという。何よりいまとなっては、息子との何にも代え難い時間を持てたので、決して母の選択を恨んでいないと言った。


「それにピアノを辞めた兄も、中学校ではブラスバンドにのめり込み、やがてジャズドラマーになったんです。音楽まで嫌いになったわけじゃなかったんですよね」



悠月くんが初めてチェロを弾いた頃の写真。最初はいまよりさらに小さい1/8サイズだったそうだ

悠月くんが初めてチェロを弾いた頃の写真。最初はいまよりさらに小さい1/8サイズだったそうだ

 出典  Funmee!!編集部


この話を続けていくと、はぎのさんの母が敵役のようになってしまうが、いまも現役のピアノ講師を務める母との交流は深く、悠月くんもおばあちゃんが主催する演奏会に参加している。息子に何かを楽器をやらせたいと相談したときも、将来のためにと大人サイズのチェロを用意したのははぎのさんの母だった。


それでもなぜ親子代々続くピアノではなくチェロだったのか?



この親子共演は、アキコ先生の生徒さんたちによる発表会ときのもの

この親子共演は、アキコ先生の生徒さんたちによる発表会ときのもの

 写真提供  森永はぎのさん


「自分の過去を振り返ってみて、ピアノを押し付けるのは違うと考えたんです。でも、私が悠月に唯一伝えられるのは音楽の楽しさだから、何か楽器をやってほしかった。それで私が好きだった、おだやかな音色のチェロを勧めました」


そうして悠月くんはチェロを抱え、楽しそうに弾くようになった。血縁者ではない講師に学んだこともよかったのだろう。昨年末こんなことがあったそうだ。クラシックとは無縁のご主人のお母さんが鹿児島から遊びに来たとき、悠月くんがチェロを弾く姿を見ながらぽろぽろ涙をこぼしたという。



はぎのさんにインタビュー中、悠月くんは何も言わず大人しいと思っていたら、こんなふうにおどけていたとは。自由でいいなあ

はぎのさんにインタビュー中、悠月くんは何も言わず大人しいと思っていたら、こんなふうにおどけていたとは。自由でいいなあ

 出典  Funmee!!編集部


「客観的に、家族って素敵だなと思っちゃいました。私にしても、趣味が合わなくなって当然の男の子とこうして同じ曲を弾けるのは何よりうれしい。これから生きていく上では心に傷を負うこともあるはずですが、チェロが、音楽が、この子の親友となって辛いものを吐き出させてくれたらいいと思います」

 

「いまの第一希望は陸上の選手」。これは、将来なりたいものをたずねた際の悠月くんの回答だ。「陸上のクラブチームで短距離と中距離をやっていて、そっちにも可能性がある気がする。だけど、将来となると陸上の世界観はどうかなあって……」

 

相変わらずイマドキ感を振りまきながら飄々と答える彼は、はぎのさんの話を聞きながら密かに自分の両親に思いが至った僕を救ってくれた。未来しかない純粋無垢な子供にはいつだって叶わない。いやまったく、楽しい音楽がある君の家に生まれたらどんなに幸せだろうと本気で妬んでしまうよ。

 



悠月くんの小さなチェロを借りて『白鳥』の最初の4小節に挑戦。「すごい!」と拍手してもらえました。このサイズのほうが上手に弾けるのかな?

悠月くんの小さなチェロを借りて『白鳥』の最初の4小節に挑戦。「すごい!」と拍手してもらえました。このサイズのほうが上手に弾けるのかな?

 出典  Funmee!!編集部


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文:田村十七男(Tonao Tamura)

写真:上石了一(Ryoichi Ageishi)



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Funmee!!編集部

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