【僕のサン=サーンス II】#03 3度目のお稽古。『白鳥』次の4小節(前編)


いつの日かの憧れは年をまたいでも続く!

 

名曲『白鳥』を弾きたい一心で突き進む連載企画「僕のサン=サーンス」。

 

新年を迎え3度目のお稽古を実施。冒頭の4小節から次の4小節へとステップアップのつもりが、これまたなんとも……。




噂の拡散による周囲の反応とは恐ろしいもので、数カ月前は「チェロ始めたの?」という、驚きのなかにもかすかな敬意みたいなものが感じられたが、この年末年始に至っては「早く弾いてよ」にまで発展した。いい気なもんだ。チェロをなめんなよ!

 

てなわけで昨年10月以来の3度目のお稽古では、前回教わった『白鳥』の冒頭4小節から次の4小節へと進むべく、素人なりに予習をしてきた。だが、スタジオ入り早々に我が師アキコ先生が思いの外はっきりした声でこう言った。

 

「最初の4小節が富士山なら、次の4小節はエベレスト」



“次の4小節”に出てくる最高音はこんな場所を押さえるのです

“次の4小節”に出てくる最高音はこんな場所を押さえるのです

 出典  Funmee!!編集部


ご存知のように、富士山の標高は3,776mでエベレストは8,848m。いくら何でも倍以上の違いはないでしょ。あ、そうか。次の4小節には『白鳥』のなかで最高音が出てくるから、それを指してエベレストと表現したのね。と、常に高をくくりがちの生徒はアキコ先生の会話センスに感心してみせた。

 

「最初の4小節と次の4小節は、よく似ているようで音の数が増えるし、取りにくい音も出てくる。だから同じ山でもかなり違うものと思ったほうがいいです。トナオさんの場合、前の4小節でも5合目くらいだったかなぁ」。ってアキコ先生、富士山の5合目ならクルマで行けるじゃん!?



『白鳥』のエベレスト的最高音はレ

『白鳥』のエベレスト的最高音はレ

 出典  Funmee!!編集部


しかし、アキコ先生が言う「似て非なる小節」というのは予習段階で実感していた。ゆったりした『白鳥』がいきなり忙しくなるのだ。その多忙さを感じさせないように演奏するから優雅な調べになるのだろうけど、僕が弾くと慌てふためく鴨になる。ガアガア。

 

それでも案ずるよりは産むが易しという諺もあるので、ひとまず予習を聞いてもらうことにした。だが、いきなりアキコ先生の「待った」がかかった。しかも最初の4小節、つまり前回のお稽古で習った個所を弾き切る前に……。



先生「ちょっと待って!」 生徒「え?」 先生「親指の位置がおかしい!」 生徒「へ?」

先生「ちょっと待って!」 生徒「え?」 先生「親指の位置がおかしい!」 生徒「へ?」

 出典  Funmee!!編集部


人は誰しも癖を持っている。だが、それを癖と指摘されない限りは持ち得ていることすら気付かない。たとえ悪癖であっても。

 

「キツネの指をしてみて」

 

そう発言したアキコ先生がこの場で影絵を楽しむ意図がないのは明確だ。何を指摘されたかと言えば、ネックの裏側に添わせる親指の角度。指でキツネをかたどるとき、一般的には中指と薬指の間に親指を当てるが、僕はその親指の爪の付け根付近が当たる。対してアキコ先生は指の腹が当たる。真似しようとするが、僕の関節はそんなふうに動かないみたいだ。



親指の当たり方および弧を描くような指全体の形に注目。アキコ先生のそれは、たぶんチェロ癖だと思うのだが……

親指の当たり方および弧を描くような指全体の形に注目。アキコ先生のそれは、たぶんチェロ癖だと思うのだが……

 出典  Funmee!!編集部


「前回のお稽古でも話しましたが、基本的にチェロで正確な音階を奏でるには、すべての指を使ったフォームを意識することが大事です。そこには親指も含まれます。トナオさんは、音を移動させる際に親指が元の場所に残るから音がずれちゃう。他の指といっしょに親指もすっと動かしてください」



弦を押さえる指とネックに添える親指の位置関係。弦を点でつまむ感じ

弦を押さえる指とネックに添える親指の位置関係。弦を点でつまむ感じ

 出典  Funmee!!編集部

弦を押さえる指の位置が変わるのと同時に親指も移動。何しろフォームなので

弦を押さえる指の位置が変わるのと同時に親指も移動。何しろフォームなので

 出典  Funmee!!編集部


人間も五十になると染みついた癖を取り除くのはかなり難しい。だから仮に悪癖であってもそれこそが個性と粉飾に励もうとする。が、必ず破綻する。チェロはいま、その決定的な真理を諭そうとしているのだ。そしてさらなる真実を突きつけられ、僕はまた泣きそうになる。取り乱す鴨のように。



弦を押さえる指が斜めになるのも僕の悪い癖。やれやれ

弦を押さえる指が斜めになるのも僕の悪い癖。やれやれ

 出典  Funmee!!編集部

先生「ボウイングは先の話にしましょう」 生徒「……(マジで)」

先生「ボウイングは先の話にしましょう」 生徒「……(マジで)」

 出典  Funmee!!編集部


ボウイングとは右手で持つ弓の動かし方。これまた前回のお稽古で「まったく自由ではないけれど、ある程度奏者の任意」と教わった。しかし任意とは言え、新たに挑む次の4小節のボウイングを知りたかったから、例によってYouTubeを見まくり、それとなく予習してきた。その結果が「ボウイングは封印で」

 

「とにかく何も考えずとも左手で正しい音を出すのが先決です。それができてからでもボウイングは遅くない。たとえば一方向にだけ弓を動かしても上手に演奏できればいいんです。それが奏者の任意と説明した理由。なので、改めて左手を頑張りましょう」

 

僕は登る山を間違えたようだ。チェロに触れる度、『白鳥』の高さと険しさを思い知らされる。これじゃいつになったら周囲の「早く弾いてよ」の声に応えられるかわかったもんじゃない。それでも制覇したいと心の中の鴨が叫ぶのである。なぜならそこに『白鳥』があるから。ガアガア! でも、へこむなあ。



富士山であれエベレストであれ、まだ100mも登っていない現実を目の当たりにして言葉を失う、登山家でも音楽家でもない素人の図。次回の後編に続く!

富士山であれエベレストであれ、まだ100mも登っていない現実を目の当たりにして言葉を失う、登山家でも音楽家でもない素人の図。次回の後編に続く!

 出典  Funmee!!編集部


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文:田村十七男(Tonao Tamura)

写真:上石了一(Ryoichi Ageishi)



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Funmee!!編集部

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