登山歴より、強い気持ちと仲間たちが大事!8,000m峰登山への挑戦


仕事の気分転換のために登山を始め、わずか7年で8,000m峰のチョー・オユーへの登頂を果たした、岩田京子さん。


子どものころは重度のぜんそく持ちで、徒歩での登下校すらままならなかったところから、世界の山を目指すまでにいたった経緯とは?


岩田さんの人生を変えてしまった登山との出会い、そしてその魅力について、聞きました。




自分にはスポーツは無理と思っていた小中学生時代


―― 2016年秋に、8,000m峰三座連続登頂に挑戦されたそうですね。登山は昔からされていたんですか?


いえ、実は登山歴はまだ7年ぐらいなんです。


 

―― 登山歴7年で8,000m峰に! もともと体力のあるほうだったんですか?


実は子どものころはひどいぜんそくで、下校中に発作を起こしたりと、通学するのもやっとの状態でした。体育は常に見学で、遠足登山もみんなと別行動でした。



子どものころはぜんそく持ち、しかも実は高所恐怖症という岩田さん

 出典  Funmee!!編集部


―― 身体の弱い子だったんですね。そこからなぜ登山を?


専門学校を卒業後、スノーボードやマウンテンバイク、キャンプなどアウトドアをサポートする仕事を経て、キャンプ用品メーカーに就職し、イベント担当になりました。この仕事がすごく大変で……。忙しすぎて人と離れたくなって、仕事でキャンプ場に行った際はそのまわりを歩くようになったんです。そうして遊歩道を歩いたりしているうちに、山に登るようになりました。

 


―― 登山をしようと思って始めたわけじゃないんですね。


そうなんです。ところが、そうやって山に入ると迷子になっちゃうんですよね。だから、人の多い山に行こうと思って探すと、それってだいたい日本百名山なんです。そうやって毎週のように百名山に登り始めたのが2010年、約7年前のことです。山麓の温泉に入ったり、地元の人と話をしたりすることも含めて楽しくて、どんどんハマっていきました。



鍋割山荘の伝説の小屋主・草野延孝さんと

 出典  Funmee!!編集部


―― ぜんそくはもう大丈夫なのですか?


幸いなことにいまではほとんど出なくなりました。



「エベレスト行く?」突然の誘いがきっかけに


―― 世界の8,000m峰に挑戦しようと思ったのはなぜですか?


百名山にも半分ぐらい登って、少し自信がついてきたころ、まわりに登山関係の知り合いも増えてきて、海外の山の話をよく聞くようになったんです。それで、「そんなところにも行けるんだ」と思って、海外の山にも行くようになって。ついには会社を辞めて、登山ガイドの資格を取っちゃいました。

 


―― それで、登山の世界を極めたくなってきたわけですね。


はい。だんだん自分の限界に挑戦してみたいという気持ちになってきて……。でもエベレストとか8,000m峰は自分には無理かなと思っていたときに、たまたま参加したバックカントリーツアーで出会ったのが国際山岳ガイドの近藤謙司さんだったんです。それで、「来月、エベレスト行くんけれど一緒に行く?」って。


 

―― え、そんなに簡単に?(笑)


はい。突然のことで一瞬迷いましたが、これも何かの巡り合わせと、翌日参加を申し込み、そのときは登頂の拠点となるベースキャンプまで行きました。それが2013年。

 


―― そして2016年には、チョー・オユー、シシャパンマ、マナスルの三座連続登頂に挑戦したんですね。


はい。まわりにエベレストに登頂した人がけっこういて、、それも会社に勤めている普通の女性だったりして。もしかして私でも行けるんじゃないかなって思ったんです。でも、エベレストは入山料が飛び抜けて高いので、同じぐらいお金がかかるなら三座に登って、長く山を歩けたほうがいいなって(笑)


ガイドとして日常的に登山するほか、登山口まで歩くなどして地道にトレーニングを重ねている

 出典  Funmee!!編集部

目標を口に出してみたら、みんながサポートしてくれた

チョー・オユー登山中のひとコマ

 提供  岩田京子さん


―― 2016年の挑戦では、結果的に1座の登頂を果たしましたね。


はい。1座目のチョー・オユーには登頂しましたが、2座目のシシャパンマに登る前の検査で脈拍の数値が低くて。もともと心拍数は遅いほうで、自分としては問題なく行けると思ったんですが、まわりの人たちがやめておいたほうがいいと。このときはスタート地点にも立てなかったのが悔しくて、泣いても泣いても悔しさは晴れず……。

 


―― 身体も気持ちも元気なのにチャレンジすらできないのは、悔しいですね……。


はい……。その後、最後の1座に挑戦するためマナスルに向かったのですが、途中のアイスフォールが崩れてルートが確保できないことがわかり、マナスルの登頂も断念することになりました。



無念の帰国から半年。いまは次の目標を見据えている

 出典  Funmee!!編集部


―― とはいえ、8,000m峰登頂成功です。本格的に登山を始めてからたった7年で8,000m峰まで登れたのは、なぜですか?


行きたいと思ったら口に出すことです。そうしたら、まわりが手を差し伸べてくれたんです。アドバイスをくれたり、お金を集める方法を考えてくれたり。もちろん、自分でコツコツトレーニングしたり、お金を貯めたりといった努力は必要ですが、ひとりでは絶対にできなかったと思います。

 


―― また今年、8,000m峰に挑戦されるそうですね。


はい。今年の秋にまたマナスルに登る予定なので、そのためのトレーニングと貯金をがんばります。子どものころはぜんそく持ちで、歩くのも恐る恐るだったので、歩けるだけですごく嬉しいんです。だから、山やその近くにいて、ただ歩いているだけで、すごく幸せを感じますね。



昨年秋、下から仰ぎ見たマナスル。今度はあの上に立ちたいと願う

 提供  岩田京子さん


■プロフィール

岩田京子さん

1976年、神奈川県生まれ。日本山岳ガイド協会認定 登山ガイド。スノーボードインストラクター、アウトドアメーカーでのイベント運営など、さまざまな面からアウトドアの仕事に携わり、外遊びの楽しさを広めてきた。現在はフリーランスの登山ガイドとして、国内外の山を飛び回っている。2016年秋、8,000m峰三座連続登頂を目指してネパールに渡り、チョー・オユー(標高8,201m)への登頂を果たした。

 


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企画・編集協力:枻(エイ)出版社

文:山賀沙耶 (Saya Yamaga)

写真:鈴木千佳 (Chika Suzuki)



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Funmee!!編集部

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