【ポケットの中の博物館】#23 マッチ箱約5,000個!ノスタルジックな宣伝媒体の博物館へようこそ


なぜ人は蒐集するのか。物欲でもなく、独占欲でもなく、「貴重な文化を後世に遺すためだ」という人もいるというから奥深い。だから彼らのポケットのなかを覗くことで、趣味を人生の中心に据えるに至った価値観をつまびらかにしていこう。

 

2016年4月、戦前から現代までのマッチを展示する博物館が神戸市内にオープンした。マッチの美しいラベルに魅せられ、子どもの頃から集めてきたコレクターの私設博物館だ。生活必需品だったマッチは販売用だけでなく、さまざまな業種が販促用にマッチを制作していた。数えることをあきらめたくなるほど大量のマッチを蒐集してきたからこそわかる、その魅力に迫る。



マッチのラベルを飾った有名人たち。萩本欽一、京塚昌子、初代林家三平、美空ひばりもマッチの顔に。バカボンのパパは、喫茶店バカボン(神戸市内)のキャラクターとして登場

マッチのラベルを飾った有名人たち。萩本欽一、京塚昌子、初代林家三平、美空ひばりもマッチの顔に。バカボンのパパは、喫茶店バカボン(神戸市内)のキャラクターとして登場

 出典  Funmee!!編集部


学生時代、ジャズ喫茶のマッチを集めかけたことがある。凝り性ではない私はすぐに飽きてしまったが、マッチコレクターの小野隆弘さんによれば、喫茶店のマッチは今も蒐集家の間で人気が高いのだそうだ。

 

「喫煙者が減ったこともあり、マッチがない喫茶店が増えています。誰かがSNSに『どこそこの喫茶店にマッチがあった』などと書こうものならすぐに拡散し、マニアが押し寄せます」



帝国ホテルのマッチ。上段は同ホテルのシンボルマークの、舵を握る獅子が描かれている。下段はフランク・ロイド・ライトが設計した、旧帝国ホテルのエントランスをモチーフにしたもの

帝国ホテルのマッチ。上段は同ホテルのシンボルマークの、舵を握る獅子が描かれている。下段はフランク・ロイド・ライトが設計した、旧帝国ホテルのエントランスをモチーフにしたもの

 出典  Funmee!!編集部


しかも、いまのマッチコレクターは、喫茶店などジャンルごとに特化する傾向があるという。かたや、小野さんは飲食業だけでなく、銀行、一般企業、ホテルなど、さまざまなジャンルのマッチを蒐集してきた。

 

2016年4月、長年集めてきたコレクションを展示する「たるみ燐寸博物館」を兵庫県神戸市内にオープン。マッチに日の目を見させたいという思いもあり、日本初となる私設のマッチ博物館を開設した。



博物館内にずらりと並ぶ貴重なマッチたち

博物館内にずらりと並ぶ貴重なマッチたち

 出典  Funmee!!編集部


その数カ月後、博物館の存在を聞きつけた人が突然来館した。稀代のマッチ蒐集家だった大森東秀さんの遺族が、大森コレクションを寄贈しに来られたのだ。

 

「大森さんが集めてきたマッチを2万枚ほどお持ちいただきました。整理されていないものが多く、正確な数もいつ頃のものなのかもわかりませんが、貴重な資料を預からせていただくことにしました」



小野さんが譲り受けた大森コレクションの一部。いつ頃のものなのか不明だが、イラストも意匠も色使いも、どれもこれも美しい

小野さんが譲り受けた大森コレクションの一部。いつ頃のものなのか不明だが、イラストも意匠も色使いも、どれもこれも美しい

 出典  Funmee!!編集部


いまでこそマッチ箱は紙製だが、昭和30年頃までは木製が主流だった。たこ焼きの容器と同じ杉の木製だったため、箱のまま保管すると壊れやすいし、カサが張る。そのため剥がしたラベルだけを蒐集する人が多かったようだ。大森コレクションもマッチのラベルのみ現存する。そのためマッチの形こそ不明だが、使い捨てとは思えないほど図案が緻密で、完成度も高く、惚れ惚れするぐらい美しい。

 

「その昔マッチはもっとも身近な広告でした。大森コレクションに限らず、広告のために作るならネーミングだけで十分。にもかかわらず凝った図案や高度な印刷技術、アート性の高さに驚かされます」

 

そんな小野さんのマッチ蒐集歴は、小学5年生のときにスタートした。




5年生のとき、風呂を沸かす係を父親に命じられた。マッチで湯釜に火を付けていたのだが、そのなかにきれいなデザインの箱があった。小野少年は、店名や電話番号などが描かれた、きれいなマッチに見惚れてしまった。そのときの驚きが、マッチに興味を持ったきっかけだった。



ファストフードやファミレスが配っていたマッチ。小野さんによれば、千葉県にある日本最大の「遊園地」にもオリジナルマッチがあった

ファストフードやファミレスが配っていたマッチ。小野さんによれば、千葉県にある日本最大の「遊園地」にもオリジナルマッチがあった

 出典  Funmee!!編集部


昔はマッチがなければ喫煙はもちろん、炊飯もできなければ、風呂を沸かすこともできなかった。生活必需品だったからこそ販売用の家庭用マッチだけでなく、ありとあらゆる業種が販促用にマッチを作った。



神戸元町の奈良山洋服店が、おそらく戦前に作ったと思われるブックマッチ。昔は木箱が主流だったが、ブックマッチも早くから作られていた

神戸元町の奈良山洋服店が、おそらく戦前に作ったと思われるブックマッチ。昔は木箱が主流だったが、ブックマッチも早くから作られていた

 出典  Funmee!!編集部


木製だった時代、マッチメーカーでは木箱を箱屋と呼ばれる会社に外注し、ラベルを印刷会社に発注した。そのラベルを自社で箱に糊付けし、マッチ棒を充填していたというのだ。


小野さんによれば、名刺代わりにマッチのラベルを作り、そのまま人にあげたり、木製のマッチ箱に貼り付けて配っていた人もいたという。



卸業者が使っていた、マッチの紙質や意匠見本が貼られた図案集。客にこれを見せて、オリジナルマッチの制作を受注していた

卸業者が使っていた、マッチの紙質や意匠見本が貼られた図案集。客にこれを見せて、オリジナルマッチの制作を受注していた

 出典  Funmee!!編集部

 

大森コレクションと小野コレクションを見る限り、木製の時代も含め、大半の業種がマッチを作っていた。身近に火があってはならない、ガソリンスタンドや火災報知機メーカーでもマッチを配っていた。マッチとはまったく縁がないはずの出版社でさえ販促用マッチを配布していた。



左からジュンク堂書店のマッチ。河出書房が『国民の文学』刊行時に配ったマッチ。筑摩書房が『現代日本文学全集』の出版時に作った販促用マッチ

左からジュンク堂書店のマッチ。河出書房が『国民の文学』刊行時に配ったマッチ。筑摩書房が『現代日本文学全集』の出版時に作った販促用マッチ

 出典  Funmee!!編集部


なかには首を傾げたくなるようなマッチもある。間違っても赤塚不二夫の作品とは思えないバカボンのパパのイラストが描かれたマッチだ。そして「新・平家物語」などNHK大河ドラマのタイトル名が印刷されたマッチもある。記念切手であれば郵政省(現日本郵便)に記録が残っているはずだが、記念マッチは作ったもの勝ちなのか、許可を取っていたのかどうか詳らかではないものが多いようだ。



小野さんが学生時代に入手した、神戸市内にあった喫茶店「シティ・オブ・シティ」のマッチ。おそらく日本でもっとも小さいマッチと思われる

小野さんが学生時代に入手した、神戸市内にあった喫茶店「シティ・オブ・シティ」のマッチ。おそらく日本でもっとも小さいマッチと思われる

 出典  Funmee!!編集部


一般社団法人日本燐寸工業会(神戸市)によれば、かつて国内には90社近いマッチメーカーがあったという。現在20数社がしのぎを削りながら、生産を続けている。

 

「マッチ産業は衰退しているのかもしれませんが、マッチというキャンバスに凝集された世界があることを後世に残したいと思っています。その昔こんなのがあったという時代になってしまうのかどうかわかりませんが、今後も世界が広がっていってほしいです」



ひっくり返すと美女がヌードになる土産用のボールペンがあるが、こちらは箱を広げるとヌードの美女が現れるお色気マッチ

ひっくり返すと美女がヌードになる土産用のボールペンがあるが、こちらは箱を広げるとヌードの美女が現れるお色気マッチ

 出典  Funmee!!編集部


近年マッチは喫煙道具と思われがちだ。客商売の業種でもマッチを置くと企業イメージを損なうと考えているのか、マッチの存在そのものを否定する企業が増えているような気がしてならない。そんな現状も踏まえ、珍しいマッチを小野さんに披露して頂いた。



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■プロフィール

小野隆弘さん

 

たるみ燐寸博物館館長。マッチコレクター。小学5年生からマッチの虜になり、以来、約5,000個のマッチを蒐集している。博物館開設を機に、大森東秀さんの遺族や、その他、全国の蒐集家から貴重なマッチを寄贈されるようになった。

 

たるみ燐寸博物館

兵庫県神戸市垂水区宮本町1-25 ビル・シーサイド西201

TEL:078-705-0883

開館時間:13:00〜19:00

休館日:不定休(要予約)

 

 

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文:中島茂信(Shigenobu Nakajima)

写真:藤田修平(Shuhei Fujita)

 

 

■注記

本企画はライフスタイル誌「Lightning(ライトニング)」(枻(エイ)出版社)の連載「ポケットの中の博物館」の再掲載になります。



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Funmee!!編集部

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