音楽
#09 楽器職人の工房へ!若手楽器製作者に聞く「なぜ職人に?」
【僕のサン=サーンス II】︎

#09 楽器職人の工房へ!若手楽器製作者に聞く「なぜ職人に?」


いつの日かの憧れは、さらに膨張を続け……。

名曲『白鳥』を弾きたい一心で突き進む連載企画「僕のサン=サーンス」。

 

昨年11月の『弦楽器フェア』でチェロを出品していた、独立3年目の楽器職人の工房へ。今回は、単なる憧れだけではなれそうもない楽器製作者を目指した経緯を聞きました。それにしても人生、何がどう影響するかわかりません!



大学のサークルで弦楽器デビュー


個人の楽器工房に行くと話したら、「ジブリの映画であったね」と誰かが言った。あれは『耳をすませば』だったか。夢に向かって努力する人間として描かれたバイオリン職人は、確かに素敵な仕事に見えた。そして足を運んだ小さな工房もまた、おだやかに木の香りが漂う素晴らしい空間だった。



今回の主人公の米井伸夫さん。工房は、神奈川県川崎市麻生区の閑静な住宅街の中にあります
 出典  Funmee!!編集部
今回の主人公の米井伸夫さん。工房は、神奈川県川崎市麻生区の閑静な住宅街の中にあります


米井と書いてコメイと読む米井伸夫さんの目の前に、やがて楽器職人となる最初の分岐点が現れたのは大学時代だった。

 

元来が理系の人なのである。だから大学も、生物への興味から農学部を選んだ。ただし知人がひとりもいない土地の学校だったことが、本人すら想像もしなかった軌道に進むきっかけになった。



工房の至るところに楽器のパーツが。これはチェロのヘッド
 出典  Funmee!!編集部
工房の至るところに楽器のパーツが。これはチェロのヘッド


「誰か知り合いがいたほうがいいだろうと、オーケストラサークルの新歓イベントで行われたコンサートに行き、誘われるまま何となく流れで入部しました。中学生までピアノを習っていましたが、サークルではトランペットを吹きたかった。けれど吹奏楽経験のない初心者には無理だと諭され、ビオラを勧められました。それまでビオラの存在すら知らなかったんですけどね(笑)」

 

その大学デビューのビオラにハマる。これまたオーケストラサークルに入ったときには予想もつかなかったほどに。そうして米井さんは、「あまりに楽器が楽しすぎて勉学が疎か」になってしまうのである。それが出発点になった。「以前から木工も好きだったので、音楽への意欲を楽器製作に向けようと思いました。まぁ、若気の至りです」



大小様々なノミ等、素人には何に使うか不明な道具だらけ
 出典  Funmee!!編集部
大小様々なノミ等、素人には何に使うか不明な道具だらけ

自分の感覚を信じるイタリア人は森を見るのが上手い


仮にその決断が血気にはやったものであっても、農学専攻から切り替えた米井さんは実に冷静だった。まずは国内の専門学校で木工の基礎を徹底的に学び、後に弦楽器製作の本場であるイタリアの学校で学ぶ道筋を設定した。東京で2年。ミラノで4年。すべての課程を終えて帰国したときには30歳だったが、楽器づくりを目指す上でイタリアでの経験は大きな糧になったという。



留学中の米井さん。楽器製作の聖地と言えばストラディバリウスも暮らしたイタリアのクレモナが有名だが、世界中から生徒が集まるクレモナは住むところとし、あえてイタリア人ばかりのミラノの学校を選んだそうな
 出典  Funmee!!編集部
留学中の米井さん。楽器製作の聖地と言えばストラディバリウスも暮らしたイタリアのクレモナが有名だが、世界中から生徒が集まるクレモナは住むところとし、あえてイタリア人ばかりのミラノの学校を選んだそうな


「日本人はおおむね改善すべき個所に注意が向く。イタリア人はどこが優れているかを見つけようとする。この違いは留学中最大のカルチャーショックでした。彼らは、他人がどうであれ自分のセンスを信じるんです。だから仕上がりが多少悪くても、その楽器が好きか嫌いかで判断する。木を見て森を見ずという諺がありますが、イタリア人は森を見るのが上手い」

 

ちなみにミラノの学校は、他2名とともに首席で卒業した。米井さんが卒業制作で仕上げた楽器は、今も学校の博物館に収蔵されているらしい。



留学中に訪れたもうひとつの転機


そのイタリア留学では、もうひとつの人生の転機が訪れた。後に妻となる泰子さんとの再会だ。

 

「元は大学のサークルの先輩で、ビオラのパートリーダーでした。その頃は何もなく、彼女は実家の鹿児島で教員になり、アマチュアオーケストラでビオラを続けていたらしいんですね。そのオーケストラがナポリで公演することになり、大学時代の仲間から僕がイタリアの学校に通っていることを聞いて、向こうで会うことになりまして……」

 

それが縁で二人の交際が始まり、米井さんが帰国して数年後に結婚へと至った。人生を振り返れば、様々な分岐点で選んだ道は、すべからく現在の自分が立っている場所につながっているように見える。あるいは過ごした時間すら圧縮されたように感じる。しかし米井さんが楽器職人として独立するには、イタリア留学を終えてから10年の歳月が必要になる。



今もビオラを続けている泰子夫人。ご主人の独立に対しては「やりたい仕事を一生懸命やってもらえれば」と寛容なのでした
 出典  Funmee!!編集部
今もビオラを続けている泰子夫人。ご主人の独立に対しては「やりたい仕事を一生懸命やってもらえれば」と寛容なのでした


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取材協力:こめいヴァイオリン工房

文:田村十七男(Tonao Tamura)

写真:上石了一(Ryoichi Ageishi)



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2018年3月2日
Funmee!!編集部
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