【ザ・使い込んでる部】#01 ミズノの“赤カップ”


使い続けるのには理由がある。愛し続けられるのには想いがある。そんな趣味にまつわるこだわりの“私物”を紹介する「ザ・使い込んでる部」。

連載第1回は、この企画を発案した「Funmee!!」編集長、ジャック・タカハシが挨拶代わりに登場。少年時代から愛用するミズノの「ワールドウィン」硬式野球用グラブ、通称“赤カップグラブ”について語ります。



往年のスター選手が使った野球少年の憧れ

「Funmee!!」編集長のジャック。身体はオヤジ、心はハナタレ小僧

 出典  Funmee!!編集部


小学生の頃、硬式ボールを使うリトルリーグに入っていたんですよ。’70年代後半〜’80年代の話です(笑)。当時の野球少年にとって“ミズノの赤カップ”は、ものすごい憧れだったんです。


日本のプロ野球選手はもちろん、ピート・ローズをはじめとする大リーガーたちもみんなこのグラブを使っていて、試合で活躍する選手の手元にはいつも“赤カップ”のマークがあった。「格好いいなぁ」と、ただただ眩しく目に映っていましたね。

 

丸の中にカップの絵柄が施されたマークはミズノのシンボルのようなもので、硬式用は“赤カップ”、軟式用は“青カップ”、ソフトボール用は“緑カップ”と分かれていました。プロが手にしているからか、「軟式より硬式の方がイケてる!」みたいに思っていたんでしょうね(笑)。



お年玉を貯めて手に入れた“赤カップ”

カップの刺繍を彩る赤いデザインのマークは、かつての野球少年の憧れの象徴

 出典  Funmee!!編集部


僕が“ミズノの赤カップ”を手に入れたのは11歳。金額は忘れちゃいましたけどけっこうな値段がしましたから、お年玉を貯めてね。東京の神保町にある、当時のミズノの東京本店まで買いに行ったんです。家が港区にあったので、それまでも片道10kmぐらいの道のりを自転車で下見にかよっていました。


野球コーナーにはグラブがズラーッと並んでいて、「欲しいなぁ」ってじーっと眺めていましたね。“赤カップ”はね、店員さんにお願いしないとケースから出してもらえないんです。ガラスケースに入っていて。他のは触れるんだけど、やっぱりその時点から特別なグラブなんですよね。

 

ポジションが外野だったので、モデルは外野手用。確か元読売ジャイアンツの末次利光選手が使っていたんじゃないかな。まぁ僕は生粋のヤクルトファンなんですけどね(笑)。それとこれとは別。選手云々ではなく、「“ミズノの赤カップ”が欲しい」という思いの方が強いんです。自分の型を付けるため、ボールを挟んでぐるぐる巻きにしたり、グラブをはめたまま寝たりしていましたね。



40年の歳月を感じさせない精巧なつくり

グラブのポケットには「ワールドウィンプ」などの文字が施されています

 出典  Funmee!!編集部


“ミズノの赤カップ”を使うようになって知ったのは、グラブがよくなったからといって、野球は上手くならないということ(笑)。練習はそれなりに頑張りました。でも中学校へ進学したら、バスケが楽しくなっちゃった(笑)。

 

野球を再開したのは、社会人になってから。草野球チームに入り、もう一度この“赤カップ”を使うようになったんです。いまだって約40年前のものとは思えないほどしっかりしているでしょ。


たまに油は入れていますけど、そんなにカサカサもしない。この頃の革って、なめしも質も、あらゆる加工方法のクオリティが秀逸なんですよね。ほつれる気配も一切見られず、縫製も素晴らしいんです。

 


グラブが呼び起こす、いつまでも色褪せない思い出

右が“ミズノの赤カップ”、左が「ローリングス」の軟式用グラブ。ボールを挟んで保管

 出典  Funmee!!編集部


草野球を始めた15年前、新たに「ローリングス」の軟式用グラブを購入しました。“赤カップ”同様、「ローリングス」は憧れなんですね。これはミナミスポーツというかつてあったお店の別注品で、真っ白なグラブは珍しいんですよ。


いまはどちらも編集部に置いていて、仕事の合間に編集部員とキャッチボールをしています。とはいえみんなも忙しいから、「キャッチボールしよう」って、なかなか言い出せないんですけど……。

 

“ミズノの赤カップ”を手に取る度、小学生の頃の記憶が鮮明に蘇るんです。スライディングをした時の土の匂い、泥まみれになって受けた1000本ノック、練習前日につくったレモン氷の甘酸っぱさ、重たい野球バッグを背負って歩いた帰り道。僕にとってかけがえのない思い出の品ですね。ほんと、捨てなくてよかったー(笑)。



思い出の詰まった“ミズノの赤カップ” を手に

 出典  Funmee!!編集部


■プロフィール

Funmee!! 編集長/ジャック・タカハシ

1967年東京生まれ。’80年代『私をスキーに連れてって』に影響され、学生時代にスキー雑誌の編集見習いに。枻(エイ)出版社入社後、サーフィン誌「NALU」の創刊副編集長、バイク誌「CLUB HARLEY」、ランニング誌「Running Style」、ゴルフ誌「EVEN」の創刊編集長を歴任。山雑誌「PEAKS」、ライフスタイル誌「Lightning」の編集長を経て、2014年からカジュアルファッション誌「2nd」編集長を務める。



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文:大森菜央 (Nao Ohmori)

写真:岡崎健志 (Kenji Okazaki)

 


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Funmee!!編集部

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