営業マンから極貧修行、そして東京の人気店へ トシオークーデュパン・川瀬敏綱さんのパン道


駅から徒歩10分強。少し距離があっても客足は途絶えず、週末になると行列ができるのが日常のブーランジェリー「トシオークーデュパン」。


オーナーシェフ・川瀬敏綱さんは、もともと建設機器メーカーの営業マンでした。しかし35歳の時に職種違いのパン職人になることを決意します。すでに結婚しており、周囲からも反対の声が上がりますが、思いは揺るぎません。人生をかけて、パン職人としての再スタートを切りました。

パンと無縁の暮らしに、突然「パン職人の自分」の姿が

 出典  Funmee!!編集部


―― もともと建設機器メーカーの営業マンだったんですよね。どうしてパン職人になろうと思われたのですか。


会社には10年ほど勤めていたのですが、さらに10年後もそこで働いているビジョンが描けず悶々としていました。そんな時、通勤途中にふとパン屋を目にして、突然パンを焼いている自分の姿がありありと目に浮かんだんです。そこのパン屋で、というよりは、パン屋で働いている自分の姿が鮮明に。飲食店など、お客様のレスポンスがダイレクトな職に憧れていたこともあって、それから急にパンのことを意識するようになりました。パン職人になった自分をイメージすると気持ちがワクワクして、もうこの道しかないぐらいに思えてきたんです。



―― というと、もともとパンがお好きだったんですか。趣味で焼いていたとか。


全く(笑)。特にアンパンやクリームパン、チョコパン、食パンなど昔ながらの日本のパンには興味がなく、今も作れません。バゲットなどの甘くない食事パンは好きでしたが、パンの知識も技術もなかったので、会社に通いながらレコールバンタン・キャリアカレッジに1年半ほど通うなど、転職の準備に2年間かけました。そしてパンを知るほどに自分はフランスのパンが一番おいしく感じるし、きわめたいという思いが強くなっていったんです。他のパンに寄り道している時間も年齢的になかった分、決断は早かったです。


修業先未定。それでもフランスへ

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―― 会社を辞めて、どこで働き始めたのですか。

 

最初に、家から通える距離にあった横浜のフランスパンのとある名店で働きました。そこでは本当に丁稚的な待遇で、パンの生地に触らせてもらったのは2店目の「オーバカナル」からです。日本で経験を積んで、ゆくゆくは本場フランスで修行したいとも考えていました。そして38歳で何のツテもないままに、妻と2人でフランスに行くことにしたんです。

 


―― 働き先も決まらないままにですか? すぐ見つかったのでしょうか。

 

いえ、だいぶ難航しました。エージェントが紹介してくれるお店は、どれもピンとこなくて、お金は減る一方ですから内心かなり焦りました。その状況を心配してくれたフランス在住の知人が紹介してくれたのが、パンの名店「オー・デュック・ドュ・ラ・シャペル」。オーナーシェフのアニス・ブアブサ氏は、日本の人間国宝に相当するM.O.F(国家最優秀職人賞)に輝き、2008年のパリ・バゲットコンクールに弱冠28歳で優勝した凄腕です。無給を条件に2カ月契約で働かせてもらうことになりました。


極貧修行時代に助けられたのは、1本のバゲットと優しい師匠

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―― 職場は見つかっても無給では、生活は……楽にならないですよね。

 

そうなんですが、直感で「ここだ!」って思ったんです。2カ月の研修期間後は給料をいただいて働けることになったのですが、家賃とトントン。相変わらず貯金を切り崩しての生活でした。今の自分の店の看板商品のバゲットは、この当時に食べていたパンを再現していて、手書きの商品説明に「シェフがパリで毎日1本食べていた」とありますが、本当の話です。おいしかったからでもあるのですが、スタッフは自由にテイクアウトできたんです。それに習って僕も、今のお店のスタッフには持って帰ってもらっています。


 

―― 師事されたアニスさんはどんな方だったのですか。

 

有名なパン職人とは思えないほど気さくで、その人柄がそのままパンに表れていました。お店も気取った感じや緊張感がなく、スタッフに対してもフランクに接してくれて。ある時、僕がパン生地に塩を入れ忘れて、そのまま帰宅してしまったことがあったんです。大目玉を食らう大失態ですが、「あぁ、塩が入ってなかったからパンの上に塩を振って焼いておいたよ」とさらり。テクニックだけではなく、パン職人として、人としてのあり方をたくさん教えてもらいました。


24時間365日、パンのことばかり考えている

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―― そうして帰国後、2013年5月に「トシオークーデュパン」をオープン。駅から離れているにもかかわらず、いまでは大盛況のパン屋さんとして知られています。

 

実は、帰国してからお店を開くまでに2年はかかりました。パリスタイルのパンを受け入れてもらえそうなエリアであるかが重要で、それがこの場所。飲食店もハイレベルで、住んでいる人も訪れる人もグルメな方が多く、パンの本当のおいしさをわかってもらえると思いました。自由が丘駅からも都立大学駅からも歩いて10分程度かかりますが、駅に近いことを理由に来店するのではなく、わざわざ行きたくなるお店を目指したかった。それに駅近は家賃も高いですしね(笑)。


 

―― 一念発起してパン職人になられてから、ずっとパンを中心にした生活ですね。オンとオフの切り替えや、パン以外のことでやってみたいことなどは何かありますか。

 

定休日も仕込みをしていて、休んでいません。睡眠時間も3時間ぐらいで、体力的にはキツイのですが、先の目標がもてず無為に過ごした20代、独立どころか破産するかと不安だった修業時代を思えば幸せな毎日です。人並みに遊んだりすることはできませんが、覚悟の上です。ただ定休日の前日は妻と外食します。パンに合うメニューや食文化の研究を兼ねてフレンチやイタリアンばかりですが。



―― 常にパンのことを考えていらっしゃるんですね。

 

毎日パンを食べて欲しいというパン屋が、プライベートで日本食を食べていては嘘つきになってしまいますからね。付き合わされる妻には申し訳ないのですが、家には炊飯器も日本の調味料もありません。とにかく寝ても覚めてもパンのことを考えるようにしています。

 


―― オープンして4年を迎えますが、今後の展望について教えてください。

 

スタッフなどの体制が整えばもう一店、違う業態の店を開きたいという夢があります。パンだけではなく一緒に食べる食材も含めフランスの食文化のおいしさを日本に広めて行きたくて。今も、これからも、ずっとパンづくしの毎日です。


■プロフィール

パン職人

川瀬敏綱さん

建設機器メーカーの営業マンから35歳でパン職人の道へ。「オーバカナル」「メゾンカイザー」などの有名店を経て、38歳で渡仏。M.O.Fのブーランジェ、アニス・ブアブサ氏に師事。2013年5月「トシオークーデュパン」をオープン。


トシオークーデュパン

東京都目黒区中根1-20-18

TEL : 03-3291-1475

営業:6:00~19:00

休み:月曜、火曜



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企画・編集協力:枻(エイ)出版社

文:浜堀晴子(Haruko Hamahori)

写真:柏木ゆり(Yuri Kashiwagi)