元ピチカート・ファイヴの野宮真貴さんが2年連続で著書を出版するなど、渋谷系ブームの渦中にいた方たちの活躍は目覚ましいものがあります。
約20年が過ぎたいま、渋谷系の音楽はどのように響くのでしょうか。
今回は前編に引き続き、同時代に渋谷系の音源を買い漁っていたタワーレコ―ドの内田暁男さんに、思い入れのある名盤5枚をセレクトしてもらいました。それでは、どうぞ!
かせきさいだぁ『かせきさいだぁ≡』(1995)
かせきさいだぁはもともと、LB NationのTonepaysというヒップホップ・グループに所属していました。このアルバムもサウンド的にはヒップホップですが、そこにインディーポップ的ともいえる叙情性を持ち込んだアプローチで、当時、非常に新しかったです。
トラックやリリックの引用元は、はっぴいえんど、つげ義春、The Beatlesといったユニークなラインナップ。たとえば、「冬へと走り出そう」という曲は、Aztec Cameraの「Walk Out to Winter」が元ネタです。
レコーディングには、ホフディランのワタナベイビー、HICKSVILLEの木暮(晋也)さん、川辺ヒロシさんといった、渋谷系の重要人物が参加しています。渋谷系が内包していた、多様な音楽性を体現する作品の一つです。
サニーデイ・サービス『東京』(1996)
ディープな音楽ファンとして知られている曽我部(恵一)さんは、当時、いろいろな音楽にアクセスした末にはっぴいえんどや日本の古いフォークミュージックにたどり着き、それらをエッセンスとしてサニーデイに取り入れていました。
このアルバムでも、過去の膨大な音楽を土台にしつつ、曲づくりをしています。’90年代の若者のヒリヒリした心象風景が表現された名作です。
アルバムタイトルは『東京』ですが、思い浮かぶのは、上京したばかりの若者が暮らす下北沢や高円寺といった街。一方、渋谷系を代表するピチカート・ファイヴの名曲『東京は夜の7時』は、六本木や麻布といったきらびやかな街を連想させます。対照的で興味深いですね。
この作品が外資系レコード店の面出し棚に並んでいる様子がとても美しくて、いまでもよく覚えています。極私的に、渋谷系と言われて思い浮かべる象徴的な光景の一つです。
TOKYO No.1 SOUL SET『Jr.』(1996)
ソウルセットをリアルタイムで初めて聴いたときは、本当に衝撃的で。一概にヒップホップと言い切れない突然変異音楽というか、僕自身はカテゴライズができませんでした。
音楽的には、川辺(ヒロシ)さんがトラックメイキング、(渡辺)俊美さんがギター、ビッケさんがポエトリーリーディングを担当しているのですが、それぞれのパーツが非常に独創的です。
とくに印象的なのが、川辺さんのトラックです。誰もネタにしないようなプログレやレアグルーヴをサンプリングしているのですが、とにかくいびつなトラックが多い。
でも、俊美さんのイノセントなメロディーとビッケさんのポエトリーリーディングが乗ると、不思議と楽曲が成立してしまうんです。「誰も聴いたことのない音楽をやりたい」というような気概を感じますね。
Neil & Iraiza『I ♡ NY』(1996)
トラットリア、クルーエルと同様に、渋谷系を知る上で欠かせないエスカレーターレコーズからのリリースです。ジャンル的にはギターポップになると思いますが、その枠を飛び越える魅力があります。
全体的に霞がかかったような音像なのですが、時折無骨になったりシャープになったりする瞬間があって、そのバランス感覚が当時は新しく聴こえました。よく聴くと過激さや実験的な面がわかると思います。
メンバーのチャーべ(松田岳二)さんは、Learnersをはじめ多方面で活躍中。堀江(博久)さんも、Corneliusのツアーサポートをしています。2015年には新作も発売されました。
ちなみに、’96年は渋谷系の後期で、前述のサニーデイが2月、ソウルセットが8月、Neli & Iraizaが10月のリリースという濃密な1年でした。
カジヒデキ『Mini Skirt』(1997)
’97年というと、世間的に渋谷系は終息していたと思います。このアルバムは、個人的にそのピリオドとして決定打でした。
カジさんはもともとBridgeというバンドを組んでいて、トラットリアから作品をリリースしていました。その流れもあり、ソロデビュー作もトラットリアからのリリースとなりました。
音楽的な参照点として大きいのは、Eggstoneをはじめとする同時代のスウェディッシュ・ポップです。バックボーンとなるネオアコやギターポップにスウェディッシュ・ポップの要素を加え、突き抜けたポップスに仕上げています。
収録曲の「ラ・ブーム~だってMY BOOM IS ME~」は、CFタイアップの先行シングルとして爆発的にヒットしました。いろいろな回顧録に書かれてあるのと同じく、僕自身もこの曲のブレイクが渋谷系の終焉を告げたように思っています。
渋谷系は、実質的には4~5年のムーヴメントでしたが、その間には多数の作品が誕生しました。アンダーグラウンドとオーバーグランドのはざまで豊かな音楽文化が花開いた、非常に幸福な時代だったと思います。
今回は諸事情あって紹介できませんでしたが、Corneliusの『The First Question Award』
やピチカート・ファイヴの『Oveerdose』なども、音楽の背景にあるカルチャーまで含めて渋谷系を体現している名盤です。
刺激的な音楽を探している若い世代の人たちにも、きっと新鮮に響くはず。よかったらぜひ聴いてみてください。